001-流れ星と二人の少女
流れ星が落ちた。
ロベルト・フランブルクがその話を聞いたのは、日が昇る前の早朝、セルリの町の関所での事だった。
夜の番を務めていた兵士が言うには、西の空から現れた流れ星が、そのまま大森林に落ちていったとの事だ。
流れ星自体はロベルトも見た事があったが、それがどこに落ちていくのかは全く知らない。
そもそも、商人という仕事柄、無数の人と会話してきたロベルトであっても、落ちた流れ星を見つけたなんていう人には会ったことがない。
あれは地上に落ちるものなのだろうか?
「西って言うと、ちょうど今日の目的地の方っすね? 若」
ガタゴトと揺れる荷馬車の上で、付き人のザガが地図を指差しロベルトの方を見る。
彼の言う通り、ロベルトとザガは西の大森林の近くにあるアエト村に行くために、まだ暗い時間から馬に荷馬車を引かせていた。
「あの兵士が寝ぼけてたんじゃなければな。ザガ、お前は流れ星が落ちたなんて話、聞いたことあるか?」
「いえ、ないっすね」
「だろ〜? 目撃者も他にいねえし」
「まあこんな時間に起きてる奴がまず稀っすけどね。ああでも、似たような話なら聞いたことあります」
「なんだ?」
「空から流れ星が――光の弾が降ってきたって話です」
「ああ、そりゃアレだろ。魔法使いが遠距離から魔法で攻撃してきたってだけの話だろ。弓矢みたいに」
「そうですそうです」
「だがその話も大概眉唾だろう? 魔法使いの攻撃なんてせいぜい二十メートルとかで、射程で弓矢に敵わない。星と見間違えるほど遠くから飛んでくる魔法なんて、魔法大学の重鎮クラスでも使えねーだろ。そんな大魔法使いがいるなら、いっぺん拝んでみたいもんだ」
ふたりが他愛もない会話をしているうちに、日が昇り始め、やがてアエト村にたどり着いた。
村にたどり着くと、ロベルトは村長に挨拶をしてから、持ってきた薬の箱を村の倉庫に運び込んだ。
荷物を運び終え、ザガともども汗だくになった身体を朝の涼しい風で冷ましていると、村の娘・リリが朝食として握り飯を差し入れてくれたため、馳走になった。
ロベルトとザガが美味しそうに食べる様子を見て喜んだリリは、二人が別の用のため村を一旦離れようというタイミングで、お弁当にどうぞと凄い数の握り飯を追加で差し入れた。
ロベルトもザガも歳若い男であるため、一般的によく食べる方ではあるが、リリが差し入れた握り飯はそれにしたって多すぎた。
次の目的地に向かう馬車の上で、ザガはロベルトにぼやいた。
「どうするんすか、あれ。流石にあの量は食いきれませんよ?」
「しょうがねーだろ、あんなキラキラした表情で差し出された弁当、断れるわけねーだろ。夏だからすぐ傷んじまうし、後で村に戻るまでに何としても空にするぞ」
「……たくさん動いて腹を空かせるしかねえか〜」
この頃には、ロベルトもザガも西に落ちた流れ星の話はすっかり忘れていた。
だから、二人は次の目的地に着いた時、自身の目を疑った。
大森林に入って少し進んだ先、元・木こりの小屋、現・フランブルク商会の倉庫兼中継地点の前に、数日前までは存在しなかった大岩が現れていた。
その大岩はあまりに異質だった。
まるで空から落ちてきたかのように、草木を下敷きにし、周囲に窪みを作っていた。
「……流れ星、これですかね?」
「マジかよ」
この大岩が倉庫に落下しなくて本当に良かったと胸を撫で下ろしながら、ロベルトは周囲に他に変わった事はないかよく観察した。
すると、倉庫の扉が半開きになっている事に気付いた。
近づいてみると、木製のその扉は穴だらけで、鍵が付いていた部分はごっそり外れて近くに転がっていた。
よく見ると扉以外にも、付近の壁にはぼこぼこと穴が開いていた。
もしかしたら、大岩が落下した衝撃で、周囲に小石が飛び散り、建物に穴を開けたのかもしれない。
思ったよりも損失がありそうで、ロベルトはため息をついた。
トラブルによる損失はある程度覚悟しておくべきとはいえ、まさか流れ星が落ちてくるなんて、不幸という他ない。
直撃でないだけマシだと思っていたが、こうして損失を目の当たりにすると、どうしてもため息が漏れ出てしまった。
ロベルトが扉を開けようとしたところで、ザガがロベルトの肩を叩いた。
振り返ると、ザガは倉庫の入り口の足元を指差した。
そこには、見覚えのない靴の足跡が残っていた。
この近くの土を踏んで、それが靴底に付いていたのだろう。
――中に泥棒が潜んでいて、突然襲ってくるかもしれない。
ザガと顔を見合わせてから、ロベルトはゆっくりと扉を開ける。
日の光が倉庫の中に差し込み、中を照らす。
「ん、んん……だれぇ……?」
「……すぅ」
ロベルトとザガは唖然とした。
足跡の主は、扉を開けてすぐのところにいた。
そこには、身なりの良い二人の少女が、倉庫の毛布を勝手に引っ張り出して眠っていた。
この時、ロベルトは予想だにしていなかった。
この二人が、自身とフランブルク商会にとってかけがえのない存在になるということを。
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