誰そ彼(たそがれ) 1人台本 不問1

サイ

第1話


茜色の空。


ひとつ、またひとつと、


家々に光が灯り始める。


家のそばを通ると、その家の生活が浮かんでくる。




甘い、花の匂い。ボディソープだろうか。


この家はお風呂に入っているのかな。


からだを包み込むような、温かい匂いだ。


きっとお風呂で、一日の疲れをさっと洗い流して、


湯船に浸かりながら、今日を振り返っているのだろう。





スパイシーで、思わず唾液が出てくる香り。カレーライスだ。


この家は夕飯を食べるらしい。


どのスパイスがこの匂いのもとになっているかはわからないけど、


お腹が空いてくるような匂いだ。


美味しいご飯を食べているときだけは、今日あった嫌なことを全て忘れられる。


きっとこの家の人は、スパイスの香りに浸りながら、次々にスプーンを口へ運んでいるのだろう。





どの家庭からも、匂ってくるのは幸せの香り。


些細だけど、ありふれているけど、当たり前じゃない幸せ。


明るい照明、温かい空気、風雨を凌げる頑丈な壁と屋根。


ぼくは匂いを通して、どの家庭も幸せに暮らしていることを知る。





ああ、ぼくも帰りたい。


黄色いダウンライトにただいまを告げて。


お風呂に入って、温かい匂いをからだ中に纏うんだ。


柑橘系の香りのボディソープなんてどう?さっぱりした気分になれる気がする。


そしてご飯を食べる。ぼくが好きなのは、甘い香りのかぼちゃの煮付け。


あとは、脂ののったさんまの塩焼きかな。だいこんおろしもこんもり盛っちゃって。いや、かぼすでもいいかな…。


ぼくはそんなもの、作れないけどね。


あーあ、おかあさんに作り方聞いておくんだったな。





そうやって、いろんな匂いに包まれながら、住宅街を歩く。


この住宅街に、ぼくの家はない。


ぼくはこのまちにいるけれど、このまちにぼくの居場所はない。





そのとき、微かな芳香剤の香りとともに、時速30キロメートルで鉄の塊がぼくのからだを通り抜けていった。





日が、暮れる。

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