特別扱い
アニー「…失礼致します。こちらが報告の参加者です。」
アカリ「…。」
アニー(ほら、挨拶。)
アカリ「97番、アカリ・ハモンドと、申します…。」
タンサニー「お待ちしておりました。そちらにお座りください。」
アカリ「…失礼します。」
タンサニー「…話は届いておりますよ。魔法が効かなかったということで、特別に他の参加者とは分けてお話を聞かせていただきますね。」
アニー「まず魔法が効かなかったことに関してですが…上着のポケットから下着に至るまで、入念な身体検査を行いましたが、魔導書どころか魔法に関わるあらゆる物品も確認できませんでした。」
タンサニー「魔法苔の欠片も無かったのですね?」
アニー「はい。」
タンサニー「そうですか。命の危険は無さそうですね。」
アカリ「危険…?」
タンサニー「と、言いますのも…極まれに魔法苔が人の体に生えてくることがあるのです。現在確認している事例は3人。その内の1人はフォードーターズで活動しています。しかし、残りの2人は…植物状態となり、どのような薬も魔法も受け付けず、ただ眠るのみ。1人に至ってはそのまま死亡しました。」
アカリ(魔法苔…魔法に必須の植物らしいけど、実物は見たことがない。実在…するんだろうなあ。元の世界ならファンタジーで終わる話なのに、これは現実で、でも現実じゃありえないこともあって…何なんだろう。)
タンサニー「さて、貴女は我々の魔力探知に反応しました。ですので選抜から切り離されています。ですが、貴女次第で選抜に復帰することができます。話していただけますか?」
アカリ「…。」
タンサニー「…黙秘、いえ…何が起こっているのかわからない。その方が正確でしょうか。でしたら私からの質問に答えてください。」
アカリ「…はい。」
タンサニー「まずは貴女の起源を教えていただけますか?」
アカリ「起源…?」
タンサニー「祖先や血筋、家族に関することです。」
アカリ「…!」
タンサニー「…。」
アニー「…アカリさん、事情があるのは知っているけど、何か言わないと…。」
タンサニー「事情?」
アニー「はい。彼女はバレーフォレストの領主に拾われた、身元不明の女性です。外見から先住民系であることは想像できますが、それ以上のことはわかりません。」
アカリ「ジョン・ハモンドに養女として拾われた時には17歳。そこからおよそ3年の月日を過ごしました…。それ以前のことは…私にもわかりません。」
タンサニー「…何故、17歳とわかっているのですか?」
アカリ「…わかりません。」
タンサニー「アカリという名前の由来は何ですか?」
アカリ「わかりません…。」
タンサニー「自身のことでわかることを何か教えてください。」
アカリ「何もかもわかりません。」
アカリ(何か言わなきゃいけないのはわかってる。でも、うかつに話したら、もっと状況が悪くなる…。何か、何か考えないと…。)
タンサニー「好きな食べ物は?」
アカリ「…?」
タンサニー「好きな食べ物は、ありますか?」
アカリ「プリンです。それも、お姉様が作ってくださった物。普通貴族は料理などの家事を行いませんが、お姉様は特別です。あの時の私は…あのプリンのおかげで、家族として受け入れられたんだって…わかったんです。言葉も…わからなかったので。」
タンサニー「…そうですか。次に、病気や怪我のご経験はありますか?」
アカリ「病気…。」
アカリ(いや、あれは元の世界での話。関係ないのは明白。)
タンサニー「何か、心当たりが?」
アカリ「…私が発見された時、水死体だと思われていました。呼吸が止まっているにも関わらず脈があることに気付いた現地の方々によって蘇生されました。その後は低体温だったこともあり、しばらく体調が安定しない日々が続きました。」
タンサニー「体調が安定してからは?」
アカリ「特に…何も。生理がまだ止まっているくらいしか…。」
アニー「そういえば、彼女の左上腕に不思議な物がありました。九つの点のようなものが、二つ。あまり目立っていなかったので気に留めませんでしたが…そこから何かわかることがあるのでは?」
タンサニー「見せていただけますか?」
アニー「申し訳ありません。もう一度脱いでいただけますか?」
…
タンサニー「…確かに、点の集まりがありますね。心当たりは?」
アカリ「ありません。こんなものがあるなんて、今まで気づきませんでした。」
タンサニー「…各国の医療制度や技術を調査すれば、出身地が判明するかもしれませんね。」
アカリ「医療…?」
タンサニー「老いぼれの錆びついた知識にはなりますが、予防接種による痕跡が長期に渡って残り続ける場合があります。その痕跡を少しでも目立ちにくいものにするために、複数の針を同時に刺すやり方が、一般的ではないにしろあったはずです。」
アカリ「…お詳しいですね。」
アニー「タンサニーさんは入隊する前、薬剤師だったのですよ。」
タンサニー「もう何年前の事だったか、忘れてしまいましたね。そろそろ私も認知症でしょうか?」
アニー「いやキツイ冗談よしてくださいよ。それより今時、針を使う予防接種など行われているものなのでしょうか?」
タンサニー「何事にも通用する手段は存在しないものですから。それに、魔法の使用をあえて避けている地域もありますから。」
アカリ(針を使わない…?そうだ、この世界では元々医療から魔法が生まれたんだっけ。でも、注射とかがあるっていうことは、以前の医療も大分進んでいたのかな。)
タンサニー「補足しておくと、貴族は確かに自ら家事を行うことは稀です。ですが、料理に関しては習い事や趣味として行っている貴族や王族は、全体としては決して珍しくありませんよ。」
アカリ「そうなのですか?」
タンサニー「ですね?」
アニー「…なんで私に同意を求めるんですか。からかってますよね?」
アカリ(クローバーとフォードーターズって…結構関係が深いのかな?)
タンサニー「…ここに魔導書があります。これから、私は貴女にある魔法をかけます。その魔法というのは…競技場で使用されたのと同じようなもの。魔法が効かないという現象の再現性を確かめます。よろしいですね?」
アカリ「は、はい。」
タンサニー「では、いきます。…調子はいかがですか?」
アカリ「なんとも…ありません。もう魔法がかかっているのですか?」
タンサニー「はい。やはり魔法は通用しないようですね。」
アカリ(やっぱり、予備動作も魔法陣も無い。この世界の魔法は目に見えないんだ。魔導書に目を通すだけで発動するってことなの…?)
タンサニー「では、次にかけるのは体が軽くなる魔法です。」
アカリ「体が軽く、ですか…!?」
タンサニー「もう服を着ていただいて大丈夫ですので、終わりましたらジャンプをしてみてください。」
…
タンサニー「今の感覚を覚えておいてください。では、いきます。」
アカリ「…!」
タンサニー「ジャンプを。」
アカリ「…天井に手がつきました。これが…。」
アカリ(思ってたのと違う。)
アニー「これは一体…。」
タンサニー「どうやら、都合の悪い魔法は拒絶し、逆に都合の良い魔法は受け入れる体質のようですね。最初に話した一人もそうなっています。」
アカリ「…。」
タンサニー「魔法をかけられた感想はいかがでしょうか?」
アカリ「まるで…現実のようで現実ではないような…。」
タンサニー「そうですか。では、最後の質問をします。アニーさん、ドアを。」
アニー「はい。」
ノエル「やっほー。」
パウリナ「アカリちゃん!」
アカリ「パウリナさん!」
ライアナ「アカリ…。」
アカリ「お姉様!?試合の方は…。」
ライアナ「バカ、妹が濡れ衣を着せられているのに呑気に試合に出るわけないでしょ!」
アカリ「…。」
豪快な貴族「…俺、来る意味あったか?」
アカリ「貴女まで…!」
パウリナ「味方は多い方が良いですから。それよりも、アカリちゃんは悪い人じゃありません。お願いです。アカリちゃんを開放してください。」
ライアナ「私も同感です。選抜に落ちても構いません。妹を…妹を助けてください…!」
パウリナ「私も落ちても良いです。アカリちゃんが助かるなら、後悔しません。」
豪快な貴族「え、えー?ん~、ま…いっか。俺からも、頼んます。」
アカリ(どうして…私なんかの為にそこまでのことを…私は…。)
タンサニー「顔をあげてください。これからのことは本人に決めてもらおうと思います。」
ライアナ「え…?」
タンサニー「彼女は、注目に値する人間であると感じました。なので、アカリさんをフォードーターズに選ぼうと思っています。」
アカリ「え!?」
豪快な貴族「何ぃ!?」
アカリ「そんな…私は選抜に戻してもらえるだけで…。」
タンサニー「貴女は選ばれました。これ以上の選考の必要性を認めません。」
アカリ「こんな…こんな形で…皆の気持ちは…何だったんですか…!?」
ライアナ「何を言っているの?素直に喜べば良いじゃない。願いが叶うのよ?」
タンサニー「ただ、ごらんの通り私はいつ死んでもおかしくはない老いぼれ。現在のフォードーターズから一人跡継ぎを任せることを踏まえて、もう一人選ぼうと考えています。」
豪快な貴族「なんだ、あービックリした。」
アカリ「…。」
タンサニー「…不服のようですね。ではこうしましょう。アカリさんに合格者を一人自由に選ぶ権利を代わりに与えます。自身を選ぶも良し、貴女が見込んだ誰かを選ぶのも良し、最終選抜の内容を完遂した者の中から選んでください。」
アカリ「!?」
タンサニー「選抜に復帰し、最後まで参加することを認めます。このことを公表するかは、貴女方の自由です。」
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