動揺

 選抜で行われるドッジボール、異世界から来た私にとっては色々と戸惑う部分がある。でも、戸惑いがあるのはこの世界の住人も同じみたい。


 この世界で使われるドッジボール用のボールは豆や穀物とかを布で包んだ物が主流。言わばお手玉を投げ合う遊びがこの世界でのドッジボール。ボールの数は一個の時もあれば複数使う時もある。


 だけど、今回用意されたボールはゴム製の大きなボール。化石燃料から素材を作っているとは聞いたことが無いし、ゴムの木から採れる天然ゴムだと思う。


 お手玉の方のボールはギリギリ片手で握れるくらいの大きさらしいけど、このボールはバスケットボール並み。私にとってはこの大きさの方が馴染みがあるけど、バスケットボール以上に重いかもしれない。


 この世界ではゴムは前から使われているようだけど、広く実用化されるには課題が残る状態みたい。でも、このボールのゴムはよく弾むしベトベトしない。改良が進んでいるゴムが使われている。


 ニコアラさんが言うには、このようなゴムの製法はトロピカルマウンテンが独自に編み出して、国内で生産される特定のゴムだけに用いられているらしい。


 西部でもグリーンフォレストとかでゴムの生産を行っているけど、そもそも西部にはゴムの栽培に適した熱帯寄りの気候がほぼ無い上にゴムの改良が進んでいないから、東部のゴム産業と争えていない。


 だから、そんな特別なゴム製品を用意できるフォードーターズは、仮想敵でもある東部とのパイプを持っているということになる。


 いざというときは敵とも手を取り合うフォードーターズの事を考えればおかしいことではない。


 この選抜に参加している人たちは、数少ない枠を取りあうライバルではあるけど、今はそのライバルと協力しないと次に進めない。


 私がフォードーターズの立場なら、そこを見るかな。


 立場の違いを乗り越えることは勿論、中々思う通りに行動してくれない仲間とどうやって協力するかがちゃんとできれば、この選抜を勝ち残る望みは生まれる。…はず。


 だけど、まずは自分がちゃんとチームに貢献しないと。正直、運動は得意な方ではないし。部活だって、別に強かった訳じゃないし…。


 …


 ニコアラ「…では、こうしましょう。少なくとも私とセオン様には外野に入ってもらいます。その他は内野に。中でもパウリナさんには避けることに専念して貰いたい。」


 パウリナ「はい、頑張ります。」


 アンスマーリン「的が小さい相手を最初から狙うなんてことにはならないだろ。」


 ニコアラ「そう考える相手もいるでしょう。ですが、パウリナさんの体格ではボールをキャッチされる危険が少ないと判断する方もいるでしょう。そこを利用してやるのですよ。パウリナさんの後ろに何人か配置しておけば、相手のボールを確実に捕らえられるはずです。」


 アデリヤ「体が小さい分、相手は下向きにボールを投げてくる。となると後ろの仲間は床についたボールを安全に確保できるって話ね。」


 アンスマーリン「そもそもの話、狙われなければ意味がない。こんな戦術、簡単に破綻するぞ。」


 ニコアラ「無論、これだけの作戦で勝てるなど思ってはいないさ。作戦はもう一つある。」


 最後に残った人「ほう、誰でも思いつくような作戦だけに留まらないと。それでこそ人の上に立つ者にふさわしい。」


 ニコアラ「む…どうしたのです?」


 最後に残った人「どうしたも何も、作戦を聞かせてもらおうと思っているだけですが?」


 アンスマーリン「勝手にいなくなっては戻ってきて、一体何のマネだ?」


 最後に残った人「仲間を連れてきたというのに、随分な物言いですね?」


 パウリナ「仲間というのは…。」


 ユセル「あー、私がその仲間のユセル・クヌートです。従者が紹介してたと思いますけど。まだ第3チームの試合までもうちょっと時間があるのに、なんで起こしに来たのさ?」


 ニコアラ「起こしに…?」


 ユセル「はい。時間が空いたので、二度寝してました。」


 アンスマーリン「そいつがそいつなら、こいつもこいつか…。」


 ユセル「…あー、その様子だと…エバが暴れ散らかした感じですかね?」


 アカリ「エバ?それが彼女のお名前ですか?」


 ユセル「はい。エバ・フローレス。それが彼女の名前です。…この様子じゃ、自己紹介すらしなかったみたいですね。」


 エバ「自己紹介などする価値もありませんね。」


 ユセル「こんな風に口は悪いんですけど…意外と世話好きだったりもしますから、難しいとは思いますけど仲よくしてやってください。自分の理想を優先しすぎて、すべての勢力を敵に回すような性格なのは否定しませんので。」


 従者「間もなく、最初の試合を始めまーす!皆さん集合してください!」


 アンスマーリン「時間か。作戦よりも、試合の流れを掴んでおく方が先決だな。普通のドッジボールとは違うからな。」


 …


 アカリ「…。」


 パウリナ「第1チームのあの方、お姉さんじゃないですか?」


 アンスマーリン「お姉さん?」


 アカリ「はい。確かにあそこにいる黒いロングヘアーの方は私の姉のライアナ・ハモンドです。姉とは言っても、血は繋がっていませんが…。」


 アンスマーリン「それは髪質に表れているな。」


 アデリヤ「意外ですね。見た目を気にするなんて。」


 アンスマーリン「馬鹿言え。ドッジボールが始まるっていうのに、髪を束ねようとすらしない。あの長さでは確実に邪魔になるぞ。」


 アデリヤ「そういう貴女はスッピンじゃないですか。」


 アンスマーリン「それの何が悪い?体を動かせばどうせ乱れるからな。」


 アデリヤ「いやいや、立場ある人間がスッピンとか、見下されますって。」


 アンスマーリン「それがどうした?見た目に惑わされるだけの愚か者など蹴落とすだけだが。」


 エバ「とか何とか言って、化粧の経験に乏しかったりするのでは?化粧に意味は無いと思い込んでませんか?」


 アンスマーリン「何?」


 セオン「落ち着いてください。選手も審判も準備が整ってますよ。」


 アカリ(あの人…クローバーのガリーナさん?審判にガリーナさんがいるということは…あの時言っていたお手伝いって、こういうことだったんだ…。)


 アマリア「試合を始める前に、発表があります!」


 エリアナ「発表…?」


 アマリア「3番、4番、6番、9番…」


 パウリナ「参加者の番号ですかね?」


 アマリア「42番、47番、53番、61番…」


 エバ「やたら多いですね。もう合格者が決まったと?」


 アマリア「84番、92番、97番、99番…」


 アカリ(私も…?)


 アマリア「…110番、122番!以上、今呼ばれた者は失格となります!」


 アンスマーリン「な…!?」


 エリアナ「呼ばれた方が全員…失格…?」


 セオン「…皆、動揺していますね。」


 ニコアラ「とにかく、この中に失格者はいるのか…?」


 アカリ「…。」


 ニコアラ「よ、よし…この中に失格者はいないようだな。」


 パウリナ「…アカリちゃん?」


 アカリ「…私は、失格のようです。」


 パウリナ「!」


 エバ「ハハッ!あらかた、魔法で自身を強化でもしてズルしようとしていたといった所でしょうか?フォードーターズはそのような輩は見逃しませんからね。」


 アカリ「…。」


 パウリナ「アカリちゃんはそんなことしません!何かの間違いです!…そうですよね?」


 アマリア「同時に、失格者は全員不正魔法罪の容疑で拘束します!」


 ユセル「今逃げ出した人たち全員容疑者?こんなにいるんだ…。」


 ニコアラ「…お逃げにならないのですか?」


 アカリ「…。」


 アンスマーリン「放心しているようだ。フォードーターズのお手を煩わせることもあるまい。私が取り押さ…え…。」


 アカリ「…え?」


 ユセル「おかしいな、二度寝した…の…にぃ…。」


 アカリ「眠らされている…?参加者全員が…!?」


 ノエル「…あれ?平気なの?」


 アカリ「先生!これは一体どういうことなんですか?」


 ノエル「魔法だよ。不正に魔法を使った容疑者たちを捕まえる為にね。協力者に逃がされるのを防ぐ為にこの辺りにいる人全員にかけたんだ。例外除いてね。」


 アカリ「魔法…こんな突然に…。」


 ノエル「んー、気になることはあるんだけどさ…ついてきてくれるかな?大丈夫!抵抗しなきゃ弁明のチャンスは貰えるし、証人になってあげるからさ。あーでも…いや、なんでもない。」

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