醜悪

 アニー「…先程は見苦しい所をお見せしてしまいましたね。私はアニー・ブランと申します。クローバー傭兵団の団長を務めております。ノエルは団の一員なのですが、失踪癖があるもので…。」


 ガリーナ「ガリーナ・バソワですぅ。今回はぁ、ぶっちぎりの長さだったね〜。他の団員は巡回中なのでぇ、戻ってきた時に紹介させてくださいねぇ。」


 ライアナ「バレーフォレスト出身のライアナ・ハモンドと申します。ノエル先生のお世話になっております。」


 アカリ「妹のアカリ・ハモンドと申します。」


 ガリーナ「アカリぃ?ん~?姉妹ぃ?」


 アカリ「…お察しの通り、私は養女です。」


 アニー「もしや、どこぞの領主が得体の知れない女性の身元を探していると噂の…。」


 ノエル「そうだよー。当人。」


 アカリ「私にそのような噂が…?」


 アニー「バレーフォレストへ仕事で足を運んだことがありまして、その際にふと小耳に挟みました。」


 ガリーナ「その噂を聞いてから程無くしてぇ、誰かさんが消えちゃったからねぇ。嫌でも記憶に残っちゃうよね~。」


 ノエル「誰なんだろうね~?」


 アニー「…ところで、お二人がここに来られたのはフォードーターズの選抜を受けるためでしょうか?」


 ライアナ「はい。宿屋を探そうとしたらノエル先生にここに案内されたのですが…。」


 アニー「あー、そういうことでしたか。はぁ…母子に続いて今度は姉妹を口説いて来るとは…。」


 アカリ(母子…?)


 ライアナ「ノエル先生はお返しいたします。ご迷惑をおかけしました。では、私たちはこれで。」


 アニー「お待ちください。今、宿屋に泊まるというのは避けるべきかもしれませんよ。」


 ライアナ「どういうことですか?」


 ガリーナ「選抜ってぇ、色んな欲望が集まって来ちゃうんですよねぇ。」


 アニー「出身や身分を問わず様々な人間が集まってくる。そうなると起こるのは妨害行為です。」


 ガリーナ「後ろ指差し合うだけならまだしもぉ、騙されたりぃ、失格に追い込まれたりぃ、不審死なんてことも起こりうるんですよねぇ。」


 アニー「宿屋は他所からの参加者が集まりやすい場所ですので、良からぬ者に狙われる可能性が高いです。お二人が本気で選抜を勝ち抜くおつもりでしたら、尚の事です。」


 ライアナ「ご心配なく。有名な貴族でもない私たちが狙われるほど目立つとは思えません。」


 アニー「選抜は何日にも及びます。その間に好成績を出せば、出身がどうであれ確実に目を付けられてしまいますよ。」


 ガリーナ「おまけにぃ、優秀な人材のおこぼれを拾おうとして色んな勧誘も集まってくるんですよねぇ。その中には健全じゃないのもあるわけでぇ。」


 アニー「私たちに限らず、複数の傭兵団が決められた場所で治安維持にあたっています。」


 ガリーナ「ウチらは特にその辺りの事、よ〜く知ってますからぁ。選抜のお手伝いもすることになってますしぃ。」


 ライアナ「でしたら、私たちにどうしろと…。」


 ノエル「だからここに連れてきたんじゃん?」


 アカリ「ということは…。」


 アニー「まあ…1部屋をどうにかして空けますので、そこをお貸しします。」


 ライアナ「い、いえ。私たちだけを特別扱いしていただく必要は…。」


 ガリーナ「だからといってぇ、なんの備えもなく無法地帯に身を投じる義務もありませんよぉ?」


 アニー「それに、ノエルが見込んだお二人ですから。私たちにできる範囲でお手伝いさせてくれませんか?」


 ライアナ「えっと、その…。」


 アカリ(現代では考えられない緩さだなあ…。卒業生とかによる試験対策の講座はあるけど、この人たちは選抜に現在進行形で関わっているんだよね?)


 アニー「あ、同性愛者はノエルしかいませんから。もっとも、口だけではなんとでも言えてしまいますが。」


 アカリ「先生は本当に同性愛者なんですね…。今思えば入浴の際、私たちと一緒にならないようになさっていましたね。どうして言ってくださらなかったのですか?」


 ノエル「訊かれなかったから。」


 アカリ「ああ…そうですよね…普通は自分から進んで言うような事ではありませんよね…。それより、大丈夫なのですか?」


 ノエル「大丈夫大丈夫。ギュウギュウ詰めなのはいつものことだから。」


 アカリ「そうではなくてですね、同性愛が犯罪や差別の対象になっていたりはしないのですか?」


 ノエル「ん?法律の勉強はしてたよね?」


 アカリ「していましたけど、同性愛に関わる箇所は見つからなくて…。」


 ノエル「そういやそっか。簡単に言えば、国や領地によって違うよ。少なくともバレーフォレストやウインドムーアでは犯罪にはならないみたいだね。」


 ガリーナ「どちらかと言うとぉ、ノータッチが正しいんじゃないかなぁ?」


 ノエル「正式に認めてる国では同性婚だってちゃんとできるよ。まあ、特に制限するつもりも無かったけど結婚を異性同士だけのものって最初に決めつけたせいでメンドイことになってるパターンもあるけどね。」


 アニー「ただ、共通しているのは同性愛を快く思わない者がいるという点です。何処であろうと、迫害を受ける可能性は否定できません。」


 ガリーナ「ただぁ、東部に関してはまた事情が異なるかもですぅ。」


 アニー「クローバーには東部出身の者もおりますので、良かったら訊ねてみてください。」


 ノエル「ちなみにねえねも同性愛者だよー。」


 ライアナ「聞きたくなかった…!」


 アニー「…どうでしょうか?考えはまとまりましたか?」


 アカリ「…お世話になります。」


 アニー「ライアナさんは?」


 ライアナ「遠慮させていただきます。」


 アカリ「お姉様?」


 ライアナ「アカリはここで選抜に備えなさい。私は宿屋を探すから。」


 アカリ「そうですか。…やっぱり、私も」


 ノエル「一人で行かせてやりなよ。」


 アカリ「先生…!?」


 ライアナ「…じゃあね。当日になったら、お互い手心は無しよ。」


 アニー「でしたら一つ。ここから北西に行った場所に地盤以外手つかずの土地があります。他が埋まっている場合、実技の練習はそこを使うと良いでしょう。」


 ライアナ「…妹を、お願いします。」


 アカリ「…。」


 ノエル「アカリにはアカリの、ライアナにはライアナのやり方があるってことだね。」


 アニー「そうと決まれば、部屋を確保しましょうか。」


 アカリ「いえ、最低限のスペースさえあれば十分ですので…。」


 ガリーナ「余計なお世話でしょうけどぉ、選抜まではあと何日かありますからぁ。有効に使ってくださいねぇ。」


 …


 こうして、最後の仕上げが始まった。


 移動の都合で本はあまり持ってこれなかったけど、ハモンド家に拾われた時から勉強はしてきた。心配な箇所の確認さえすれば望みはある。


 問題は実技。選抜の話を聞いてから急いで練習してきている。軍隊らしく武術を問われるし、また令嬢らしく音楽も問われる。


 中学時代に剣道部にいた事はあったけど、剣道でやってきた動きをそのままやったら実戦向きじゃないということで指導の真っただ中。


 音楽に関しては部活でもやったことが無い。声楽だけでは通らないらしいから急遽クラリネットを学ぶことになった。多分、クラリネット…だよね?


 幸い、バレーフォレストの土地柄のおかげで音楽の講師には困らなかった。でも、ここでは一人でやらなきゃいけない。


 仕上げの期間は主に実技対策になった。


 武術に関してはノエル先生やクローバーの方々も手伝ってくれた。


 アニーさんが教えてくれた場所でお姉様を見かけることはあった。だけど、これといった会話をすることは結局なかった。

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