決意の道中

 屋敷を出てから一週間が経った。


 足が痛くなっても、ひたすら歩き続けるしかない。この世界には自動車とか便利な乗り物は無い。ここはいわゆる剣と魔法の世界だから。魔法で楽に移動できる訳でもないし。


 この世界の魔法は魔導書が無ければ使うことができないみたい。その魔導書は大量生産ができない。特別な紙とインクを使う上に手書きで書かなければいけないから。


 逆に言えば、普通の本なら平民の間でも普及している。ただ、検閲が入るみたいで自由に内容を決めて出版できないみたい。


 貴族の力をもってしても、魔導書を新しく作るのは容易ではないらしい。領主のような立場の人間が魔法の使用を承認する立場ではあるんだけど。


 魔導書は必ずしも本の形をしているとは限らないみたい。そもそもの話、私の翻訳が間違っていて実際には違った表現になってるのかもしれないけどね。


 昔は魔法使いを増やそうとする活動が活発だったらしいけど、魔法が悪用されるようになったせいで大惨事が起こったから制限されるようになった経緯がある。


 その時の話で有名なのが、最初のフォードーターズが活躍した時のこと。


 その時の大陸は、現代人の私に言わせればまるでゾンビ映画。人々や動物たちの行動がおかしくなって、殺戮を行うようになっていた。


 ゾンビ同士で殺し合うことは無いし、連携したりだまし討ちも行う。死ぬことを恐れていなかったから、脅しも通用しなかったらしい。


 ここの言葉を直訳すると魔法傀儡にでもなるんだろうけど、ゾンビで良いと思う。


 ゾンビになる原因は主にゾンビへの接触。噛まれるまでもなく皮膚や毛なんかに少しでも直接触ればアウト。


 この世界では手袋をはめるのが特に上流階級で一般的になっているけれど、その頃の名残でもあるらしい。何故か飛沫は問題なかったみたいで、マスクは広まっていない。疫病が広がっている時は身につけるみたいだけど。


 そんなゾンビから大陸を救ったのが最初のフォードーターズ。


 東西で敵対関係にある大陸中の魔法使いたちをまとめあげてゾンビを撲滅し、首謀者の少年を討ち取るという功績を残した。


 ゾンビの行動は、彼の思想が色濃く反映された魔法によるもの。中世のヨーロッパよりは遥かに恵まれているであろうこの世界で、何が彼にそんな事をさせたんだろう?


 功績のおかげで、ある一人の領主の護衛兼養女に過ぎなかったフォードーターズは、大陸の女性の在り方に影響を及ぼす程有名な部隊になった。


 それに対して、ノエル先生はこんな事を言っていた。


 つまり彼女たちが最高の女性として見られるようになり、それにふさわしい容姿や振る舞いを求められるようになったということ。


 そんな世間の要求に対する本人たちが出している答えは賛否両論。そんなフォードーターズを軽蔑している人間も少なくはない。


 ノエル先生はフォードーターズのことになると不都合な事を言うことが多い気がする。


 客観的に知る分には重要な情報源になる。気のせいだろうけど、なるのはやめておいたほうが良いって遠回しに伝えているような気もする。


 たしか…私が屋敷に来たばかりの頃には、まだノエル先生はいなかったはず。現フォードーターズのアリッサ・ジラルドの実の妹らしいけど、そんな人間がなんで居候なんかしていたんだろ?


 ノエル先生だけじゃない。なぜお父様は私を拾ってくれたのか?なぜお姉様はフォードーターズを目指しているのか?


 今まで自分のことで精一杯でその辺ちゃんと聞いたことがなかったっけ。せめてお姉様のことは聞いてみようかな。



 ライアナ「今日のところはここで宿を取りましょう。この様子だと雨が降るだろうし、少なくとも2泊以上ね。」


 アカリ「傘があるのに雨宿りするのですか?」


 ライアナ「日程には余裕があるからね。それに、アカリは国境をまたぐような距離を歩くのは初めてでしょ?半分はとっくに過ぎたし、この辺りで体を休めておいた方が良いわ。」


 アカリ「そんな、私は大丈夫ですから。」


 ノエル「そーやってアカリってば無理してばっかりなんだから~。フォードーターズは無理しがちな人間は歓迎しないと思うけどなー?」


 アカリ「…ではお言葉に甘えてそうさせていただきます。」


 …


 ライアナ「はぁー、危なかったわ。部屋は私たちで全部埋まったようだし、流石はこの辺りで一番評判の良い宿ね。」


 アカリ「ノエル先生は別の宿を探しに行ってしまいましたね。それにしても、このような二人用の部屋を備えた宿があるのですね。」


 ライアナ「アカリがいた場所には無かったの?」


 アカリ「ありますけど…そもそも移動が大変な環境で、二人用の部屋を選ぶような方々がいらっしゃるというのが不思議で…。」


 ライアナ「アカリがいた場所では、こんな移動が一日もあれば終わるんだっけ?ま、そういう環境に慣れているアカリには滑稽に見えるのでしょうね。」


 アカリ「い、いえ、そんなつもりは…。」


 ライアナ「アカリは明らかにここの貴族よりも恵まれた環境にいた。そんな所から離れて絶望する訳でもなく、驕る訳でもなく、ひたすら前に進もうとしている。そんなアカリの言うことを不快に思う訳が無いじゃない。」


 アカリ「あ、えっと、その…ありがとうございます。」


 ライアナ「荷物も置いたことだし、雨が降る前に周辺のお店を見て回りましょうか。」


 アカリ「訊きたいことがあります。」


 …


 ライアナ「…甘い物は久しぶりね。」


 アカリ「そうですね。移動中の食料にはそんなに困りませんでしたし、飴玉のような物なら持って行っても良かったのでは?」


 ライアナ「頻繁にお菓子を口にしたら虫歯になるわよ。それに、折角の甘い物の楽しさが薄れちゃうからね。」


 アカリ「砂糖が貴重だから控えているという事ではないのですね。」


 ライアナ「当然よ。混沌の時代じゃないんだから。たまには砂糖を入れたら?」


 アカリ「いえ、無糖が好みなので。…あの、何故喫茶店に?」


 ライアナ「ごめんなさい。あの質問に答える前に考える時間が欲しかったものだから。」


 アカリ「あ、すみません…。」


 ライアナ「なんでアカリが謝るんだか。今まで話さなかったこちらの落ち度よ。」


 アカリ「…。」


 ライアナ「私たちの国、バレーフォレストは芸術や工芸が盛んっていうのは知ってるわね?そんなバレーフォレストには国中の権力者たちが一箇所に集まって自作した作品を見せ合う定期展示会があるの。」


 アカリ「確か、本来は私も参加しなければならない集会ですよね?勉強を優先させた方が良いということで、特別に免除していただいたと。」


 ライアナ「ええ。だけど、アカリを定期展示会に連れて行かなかった理由が他にもあるの。」


 アカリ「そうなのですか?」


 ライアナ「定期展示会はね、ただ作品を見せ合う場ではないの。あそこは、権力者たちが結婚相手を探す場所。制作した作品の良し悪しは、バレーフォレストの令嬢にとってステータスなの。」


 アカリ「…とすると、私のような人間は参加しない方が賢明なのですね。」


 ライアナ「結婚したくなければね。私やお兄様はとっくに成人を迎えているのに、恋人すらいないことに疑問を持ったことはあるかしら?」


 アカリ「言われてみれば、お兄様やお姉様は普通に定期展示会に参加しているのに、そういったお話を聞いたことがありません。私がいた国ではそもそも結婚したがらない方々が多いので、不思議には思いませんでしたけど。」


 ライアナ「あ、そうなんだ。とにかく、結婚ができないと家の存続に関わるわ。私には認められるような作品を作れないし、ハモンド家自体領主の中では影響力が小さいから、お兄様も苦労してるの。」


 アカリ「影響力が小さいって…あんなに領民の方々に慕われているのに、ですか…!?私たちを快く送り出してくれましたし…。」


 ライアナ「残念だけど、領民の評価で領主の地位は決まらないの。まあ、圧政でも敷けば領民は簡単にいなくなるから、機嫌を伺う必要はあるのだけれどね。」


 アカリ「…。」


 ライアナ「アカリの気持ちもわかるわ。だから私は目指すことにしたの。お父様のお役に立ちたいから。」


 アカリ「ですが、ノエル先生は」


 ライアナ「わかってる…!でも、血筋にフォードーターズがいれば家の影響力は多少なりとも増大する。たとえ、縁を切らなければならないとしてもね。」


 アカリ「…。」


 ライアナ「…家を存続させるだけなら、アカリのように養子をとることもできる。けど、それは長期的に見れば賢い選択とは言えない。」


 アカリ(お姉様は家の、ひいては誰かの為に行動している。それに引き換え、私はこの世界では貴族でありながら自分の為だけにしか行動していない。)


 ライアナ「…雨が振り始めたみたいね。」


 アカリ「幸いにも宿屋が近いですし、傘もありますね。」


 ライアナ「それでも傘を盗られない内に戻りましょうか。」


 アカリ「あ、ここにもいるんですね。傘泥棒。手元に置いてある傘でさえも盗まれるのですね。」


 アカリ(まるで私は悪人…。こんな私にフォードーターズなんて重大な役目に選ばれる資格なんてあるの?)

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