幻想の娘たち

蓬竜眼

第一部

曇り空を眺めながら

 健太「…。」 


 灯「今日は曇ってて残念だったね。折角の大海原なのに。」


 健太「いや?くもりはくもりで良さがあるものだよ。」


 灯「…そう?楽しめているのなら何よりだけど。」


 健太「暗くなってきたし、すぐに見えなくなるだろうけどね。夕焼けが見えないから実感湧きにくいけど。」


 灯「もう少しで夕食だけどさ、それまでちょっと付き合ってくれる?」


 健太「他の女子たちは?」


 灯「フェリーをじっくり見て回りたいって言って別れてきた。言っておきたいことがあるから。」


 健太「…。」


 灯「血を分けてくれてありがとう。」


 健太「ま、ちょうど献血できる年になったし。わざわざ俺の血を使わなくてもなんとかなっただろうけどね。」


 灯「でも修学旅行には間に合わなかったかもしれない。だから感謝してるの。あんなに注射を嫌がってたんだから、なおさらね。」


 健太「いつの話だよ。」


 灯「いや~いつも私に助けられてばかりだった健太がこんなになって、ねぇ。」


 健太「いつまでもそんな認識じゃ困るってば。」


 灯「だって、最近はまともに話す機会がなかったじゃない。折角同じ高校に進学したのにさ。」


 健太「学科は違うけどね。」


 灯「友達…いるの?」


 健太「いるように見えるかい?」


 灯「前言撤回。変わってないね。」


 真美「灯ー。こんなところにいたんだ。ご飯の時間だよー。…この人は?」


 灯「健太っていうの。私に血を分けてくれた幼馴染…みたいなの。」


 健太「どーも。」


 真美「あ〜君がそうなんだ。珍しい血液型同士が近くにいるなんて、運命だよね。」


 灯「ちょっとやめてよそういうの…。」


 健太「とにかく、迎えが来たみたいだね。行きなよ。」


 灯「どうせならいっしょに行かない?健太のこと、みんなに紹介したいし。」


 健太「良いのか?」


 灯「友達とまではいかなくても、知り合いくらいは作れるようになってよね。この先どうなるかわからないけどさ。」


 健太「しょうがないな。うわっ突然の土砂降りか。」


 真美「何この暴風!?早く中に!」


 灯「雨の勢いで目が開けられない…船が、揺れて…。」


 …


 アカリ(…丁度、あんな感じの空だったっけ。)


 アカリ「あれから3年…。」


 アカリ(例え何年かかったとしても、絶対に帰ってみせるから。無事でいてくれれば良いんだけど…。)


 ライアナ「アカリ、どうしたの?外に何かあるの?」


 アカリ「あ、お姉様。この景色を眺めることができるのも最後かもしれないと思うと、振り返りたくなりまして。」


 ライアナ「何言ってるのよ。帰りたいと思えばまた戻ってこられるわ。」


 アカリ「そうですよね。少し感傷的になってしまいました。」


 ライアナ「夕食の時間よ。それとも昔みたいに部屋で食べる?なんてね。」


 …


 ジョン「…いよいよ明日はライアナとアカリの旅立ちだな。親として実に感慨深いよ。」


 ティム「それにしても、本当に受かることができるのかい?」


 ライアナ「ノエル先生から教えを受けたのだから、きっと選ばれるわ。」


 ノエル「いや~それはどうかな?経験こそあるけどさ、受かった訳じゃないし。信じるなら自分の実力にしておきなよ。」


 ライアナ「無論よ。でも、お父様やお兄様、ノエル先生をはじめとする皆の支えがあるから私たちも選抜に臨むことができるのだから。」


 ジョン「…フォードーターズ。最高峰の令嬢たちで構成される少数精鋭の部隊。一般公募は滅多に行われないという話だが…。」


 ノエル「ほんと、奇跡的な機会だよね。一人殉職したとかなんとか。」


 ティム「仮に受かるとしても、どちらかだけ。選抜が始まれば敵同士だ。覚悟はできているんだろうね?」


 ライアナ「アカリが故郷に帰る為に必要な地位だとしても、手を抜くつもりは微塵も無いわ。」


 ノエル「いくら手がかりが無いからって、フォードーターズはぶっ飛んでるとは思うんだけどねー。」


 ジョン「それは至極真っ当な意見です。しかし、我々の力ではまともな手がかりを見つけることはできなかった。」


 アカリ「お気になさらないでください。魔法に関する特別な権限を持ち、大陸規模の異変に対処するというフォードーターズ程の組織でなければ、私が必要とする情報は得られないでしょうし…。」


 ジョン「…すまないね。望む望まないに関わらず君を危険な目に遭わせることになってしまった。」


 アカリ「この家に拾われなければ、私はとうの昔に未知の土地で命を落としていました。ただでさえ言葉の通じなかった私に対して実の娘のように接してくださり、感謝してもしきれません。」


 ティム「思えば、あの有様からここまでになった訳だから…凄まじい成長だな。未だに酒は飲めないようだけど。」


 アカリ「それは…。」


 ライアナ「仕方無いわ。アカリの故郷では20歳になるまで飲酒が禁じられているみたいだし。アカリがやってきた時点で17歳、向こう基準で20歳になったかどうかは定かでないもの。」


 ティム「こよみまで違うときたからな…。一体どこから来たのやら。」


 ノエル「案外、お空から落っこちてきたりして。」


 ティム「…アカリは宇宙人か何かか?」


 アカリ「えーっと…否定はできませんね。」


 ライアナ「アカリ!?」


 アカリ「本気ではないですよ?ただ、可能性は残しておいた方が良いかと。それより今後の方針ですが…私が選抜に受からなかった場合、そのまま旅に出ようと思っています。」


 ジョン「…ふむ。」


 アカリ「フォードーターズに選ばれなかったとしても、何かしらできることはあるでしょうから。娘として何も貢献できないというのは心苦しいのですが…。」


 ジョン「だったら、小切手を多めに渡しておこう。…都合が良い時で構わないから、たまには顔を見せてほしいな。私が望むのはそれだけだよ。」


 アカリ「お父様…!はい、約束します。」


 ノエル「もしそうなったら、あーしもご一緒させてもらおうかな。いきなりの一人旅は何かと大変だろうし。」


 アカリ「ノエル先生がついてくだされば心強いです。」


 ライアナ「でも、さすがにいつまでも一緒にいる訳にもいかないでしょ?」


 ティム「その頃までに仲間を見つけるなり傭兵を雇うなり、やりようはあるさ。一人で旅を続けるならそれも良いだろうし。」


 ライアナ「一度も学校に行ったことがないアカリが仲間を作れるかしら?友人と呼べるような令嬢もいないみたいだし。」


 ティム「まだ片手で数える程しか出会っていないんだから、そこは仕方ないな。」


 ノエル「経歴が経歴だし、警戒心持たれちゃうこともあるかもねー。でもさぁ、世のは色んな人がい中にるから。社会に出ても誰かしら助けてくれるよ。うん。」


ティム「…そういうセリフ、今まで何回言ったんだろうな?」


 …


 ティム「一気に3人もいなくなるとなると、屋敷も静かになるな。」


 ライアナ「選抜対策を始めてからはかなり物音を立ててしまったわね。その分、穏やかに過ごしながら果報を待っててちょうだい。」


 ジョン「…ノエルさん、どうか娘たちを無事に送り届けてください。護衛は貴女しかいませんから。」


 ノエル「ま、やるからにはね~。そもそも二人にはちゃんと危険を回避したり退けたりしてもらわないとだけどさ。」


 ライアナ「心配しないで。できなければ所詮その程度、過剰に護衛を引き連れていたら笑いものだわ。」


 ジョン「うーむ…。」


 アカリ「私の部屋にお手紙を残しておきましたので、後でご覧になってください。」


 ライアナ「え、いつ間に用意してたの…?」


 ティム「ライアナのは無いのか?」


 ライアナ「えっと…会場に着いたら送るわ。その方が経過も分かって良いでしょう?」


 ノエル「あーあ、あーしも書いとけばよかったかなー。」


 ライアナ「誰が居候からの手紙なんか読みたがるのよ。」


 アカリ「晴天には恵まれませんでしたが、行って参ります。この御恩は一生忘れません。」


 アカリ(たとえ、どんな理由があったとしても。)

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