Herz-山を越えて-

聖龍教会

山を越えて

Herzと呼ばれる多目的パワードスーツが発表された。AE粒子という特殊な粒子を用いたジェネレータ、装甲材、モーターなどが搭載されており重量を抑え、積載量を確保、値段の低下に成功し、1機10万円という価格で買える性能からみれば異常なものになっている。

カスタマイズの手軽さから建築現場、医療、軍事、警察、スポーツなど幅広い分野で活躍している。


そんな中で彼らはスピードを求めた。


楕円形のレース場で、汎用性に長けた人型のパワードスーツを使いスラスターで加速するその競技は選手や製造企業ともに切磋琢磨して機体をカスタマイズしていった。

全ては世界最速になるために。


【日本山岳重工】は新規事業としてスポーツ界に参入しようとしていた。この企業は元々土木作業用Herzを開発しており機体のパワーは世界的に見れば有り余るものがあった。


だがレースはパワーだけではどうにもならない。


彼らは1から空力を理解しAE粒子の機首展開形状の見直しをして、スラスターの改良とパイロットの選定を行わなければならなかった。


そこで企業内で白羽の矢が立ったのは女性だ。山岳重工は「どうせ削るなら搭乗者もできるだけ小柄にしよう」と言う方針を出したのだ。


山岳重工内の小柄でスポーツができる数少ない女性を東京本社に招集し面接を行なって最終的に選定されたのは【島田風香】と言う人物だった。

身長は156cm体重は47kgの女性と言うことで最初から目に留まっていたようだ。


彼女はすぐさま航空機によってレース機プロジェクトを任されている静岡工場へ連行されて自分の愛機の元に辿り着いた。


「この子が…私の?」


未だ無塗装の機体はどこかで見たような雰囲気を醸し出していた。


「これは…トランススハーニ社のTSu-13じゃないですか?」


トランススハーニ社はロシアのHZ専門企業で世界で2番目のHZ普及率を誇る大企業である。そんな企業のHZにこの機体は瓜二つなのだ。


「初の軽量機作成のために少々見本としましたがほとんど自社の技術で作り出した機体です。見た目以外は別物です、流石にこれを世間に出すと色々と怒られちゃいますよ。」


と静岡工場長は言った。


おおかた軽量機の性能試験用だろう、とにかくデータが今すぐ欲しかったのだ。


「早速だが乗ってみてくれ」


と促され仕方がなく搭乗しようとするが止められる。


「搭乗を促しておいてすまないがまずこれを着てくれないか?」


出されたのはスク水のような何かだった。


「これを私が?無理ですよ、もう30歳ですよ!?恥ずかしいです!」


「頼むよ…抵抗をできるだけ無くすにはこうするしかなかったんだ。」


「えぇー!?」


「ほら、時間ないからさ、更衣室はあっちね!」


と女性職員に更衣室へと押し込まれて行った。こうなるならこんな会社入るんじゃなかったと島田はこの時思ったと言う。


(すごくスースーします…)


パイロットスーツを着た島田に言い渡された次の指示はHZの搭乗その次の指示は工場外の簡易飛行場へのタキシングであった。


『OS-SANNGAKUJP-S-X起動』

『ジェネレータ内AE粒子活性化完了』

『スラスターの点火問題なし!』


『Herz出ます!』


大きなシャッターがゆっくりと開くと地面をコンクリートで固めた大きな広い簡易飛行場へ出る。


『試験機へ、指定のコースを飛行後帰投せよ。コースを外れた場合は自衛隊機が出動してその後に逮捕だから気をつけろよ、天気は快晴、風はほぼ無風だ。いいか?機体は壊すなよ!』


えらくお喋りな管制指示を聞きながら滑走路に着くと全推力スラスターに点火して加速しながら空中へと飛び上がる…がしかしこの時島田は異変に気づいた。


『少々重心に問題あり…これでは安定してスピードが出せません。』


これはトランススハーニ社の機体デザインに無理やり山岳重工内で一番高性能なジェネレータを積んだのが問題であった。


普通トランススハーニ社は高出力の中型ジェネレータを一基背部装甲に内蔵しているのだが、山吹重工製の場合は大型で重いジェネレータを無理やり2分割して胸部と背部装甲に搭載しているのだ、まだそれだけならば逆に安定すると思われるが問題はAE粒子を前後のジェネレータに循環させるケーブルにあった。このケーブルは太く露出して何本もあり加熱予防の冷却装置も載せていてとんでもない重量になっているのだ。


『右斜前に機体が落ちてしまいますが…それ以外は問題ありません。』


島田はこの問題を報告するだけで他の欠点を探るべく示されたルートをそのまま飛行した。


次の問題はすぐに出てきた。


『…登るのが遅すぎます。』


工業用スラスターを少し改良した程度のスラスターではやはりスピード不足のようだ。


スラスター形状と燃料の噴射効率…アフターバーナーの改良が課題となるだろう。


その後ルートを無事に周回し終えて着陸する。


「タイムは30分…原型機のTSu-13なら19分はいける。だが色々と理解したよ、この問題は難問だな。」


まずは機体の再設計、それに合わせたジェネレータの高出力小型化、スラスターの改良。ほぼ全てを新規に開発しなければならないため膨大な時間がかかると思われた。


だがある天才奇才の社員が機体を製作したのだ。ソード重工という技術提携を結んでいる会社で開発された可変式HZの技術を取り込むことになった。


なら飛行機でいいじゃないとなるがHZレースは曲がりが重要。

壁キックなどでぶつかるのを阻止するレーサーもいるぐらいに曲線はキツイのだ。

飛行機じゃあ曲がり切れないだろう、そのための可変で曲がる時は人型になればいいじゃないと言う戦法だ。


だが問題もある、それは機体が大きくなりすぎるということだ。


中に生身の人間がいる以上無理な可変はできない、ソード重工は大型化で無理やり飛行機型に変形させているが我々が目指す速度には大型な可変機は意味がなかった。


そこで奇才の社員はそれを部分的に取り入れることにした。


「要は飛行機と同じように一方向に大型のスラスターを配置して正面面積を小さくすればいいわけだろ?」


ということで下半身は脚部を大気圏離脱用のハイブリットスラスターに変更し腰部に可変アームで接続される大型スラスターも搭載して推力をほぼ一点に集中できるようにした。

構図的にはF-15にプラスで自由自在に動く2基のエンジンが上部についたみたいな感じである。上半身は頭部センサーユニットを廃止して首無しにする。胸部を尖らせ風の抵抗を少なくし、追加で腕部に任意着脱式の追加ブースターを搭載した。


飛行する時はパイロットが寝そべるようにすることで空気抵抗を無くそうという考えでこの時点では設計されていた。


宇宙開発部門の力を借りて作られたスラスターを中心に搭載したため速度はとんでもないことになったと同時に燃料消費もとんでもないことになった。


そこで三角形型のプロペラントタンクを背部に4基増設。

しかしこうすると寝そべることができなくなるため脚部スラスター上部に配置させようとしていた横一列にすることにした。

空気抵抗は多少増えるが仕方のないことである。


次にジェネレータの改良だ。


これはかなりの妥協があった。

まず冷却を冷却剤式ではなく空冷式に変更した。加熱する前にゴールしろというスタンスだ、これによって重いケーブルを排することに成功した。そして無理やりぶった斬って載せていた大型ジェネレータを機体に合った洗練されたボディーに変更させた。


発電量は落ちたものの機体には影響が出ない程であったため改良は成功した。


新機体が製造されこの機体は正式に試作1号機として登録された。


細く端は物が切れそうな機体は半可変機として誕生して塗装もされた。濃い青に彩られ胸部には島風と書かれてあった。


「あれはなんですか?」


不思議に思った島田は聞く。


「あれは塗装班が旧日本軍で一番速かった駆逐艦にあやかってつけたらしい。お前の名前の島田風香も意味してるんじゃないか?」


「なるほど…」


この時島田はこの軽量な機体に載せられた重く暑苦しい希望が載っていると感じたようだった。


島田はこの時気づいた、隣にブルーシートで囲まれた何かがある。


「あちらは?」


「あっちは2号機だ、無塗装の方が速くなるんじゃないかっていう上からの疑惑があったからな…とりあえず作ってみたんだ。」


2機あるということはつまり今日の試験は2回あるということを意味していた。


日本山岳重工のスポーツ参入は近い。

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