第47話

 俺は目を覚ました。やはり、うつらうつらと、寝るでもなく醒めるでもない状態だったらしい。いつの間にかうつ伏せになっていたので、腕が痺れている。俺はのそりと起き上がり、便所で用を足した。睡眠だけは滞りなかった俺なのに、ジジイになったら尿意で夜に目を覚ます頻度が増えた。面倒なことだ。まあ、目を覚まさずに駄々洩れになるほうが厄介だが。


 便所から戻り、俺は再び寝床で横たわった。さっきの夢が脳みその片隅に居残っていて、胸糞悪い。あれよりは、魔法少年の方がマシだな。しかし、はっきり思い出せないが、ところどころに魔法少年の要素が混じっていたような。やっぱり、俺にとっては、魔法少年の夢も実際の過去と同じくらい不快なのか。そうでもない気がするんだがな。


 俺は目を閉じた。思い出したくもないのに夢の断片が浮かんできて、女房や娘の声が耳に蘇る。どの場面も、俺が勝手にこさえた夢でなくて、実際に起きたことなのだから余計に始末が悪い。


 あいつは娘を傷つけ、孫の心に影を落とし、イヌにも消えない跡を残した。俺がさっさと引導渡していればよかったんだろうか。あいつが金持って逃げるまで、臭いものに蓋を決め込んで、目を逸らし続けた俺の責任か。


「ちっ、くだらねえや。」


 俺は布団の中でごろりと寝返りを打った。もう、済んだ話だ。夜にこんなことを考えるもんじゃない。寝付けやしない。


 と、生ぬるい吐息が顔に掛かった。


「ショコラか。」


くうん、と鼻が鳴る。


「ちっと、冷えるか。そんなら、横で寝るがいいさ。」


 俺がそう言う間もなく、ショコラは腹の脇にくっついて身を横たえる。こうして腹のぬくもりを感じていると、昔の記憶と悔恨でぐるぐると煮詰まっていた胸がすっとしてくる。


 あいつは死んだ。もう、この世のどこにもいない。生きている俺たちが、心を煩わせるようなこっちゃない。


 俺はショコラを軽く撫でた。規則正しいいびきが聞こえる。自分じゃ分からんが、俺もいびきをかくらしい。ジジイがふたり、いびきの合唱を決めるとするか。


 俺は眠気が手元に戻ってくるのを感じた。ふぅっと、意識が沈んでいく。どうか、変な夢を見ませんように。誰にともなく祈って、俺は眠りに落ちた。


「Yes, 愛に包まれ のどけき春の陽のごと微笑む キュア・アエス!」

「ふがっ?」


 変な叫びが耳をつんざいて、俺は跳び起きた。目の前で、何回か目にしたことのある光が収束している。


 まさかと思うまでもなく、俺はまたぞろフリフリリボンの衣装に身を包んでいた。いい加減、衣装はともかく中身はジジイに戻るんじゃないかと思ったが、肌つやも相変わらずぴっかぴかだ。そして、今回は初っ端からすぐそばにショコラが浮かんでいる。まあ、こいつは俺と一緒に寝ていたからかもしれないな。


 それにしても、深谷とは全然会っていなかったのにここへ飛ばされるとは、どういうことだろうか。あいつは関係無かったということか?それとも、出張か何かで、たまたま俺の家のそばに宿泊していたとか。いや、それより、さっきのは聞いたことのない口上だったが、新キャラか。

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