第44話
ところが、孫が妙なことをぼそっと呟いた。
「ショコラもさー、最初っからおじいちゃんとふたり暮らしだったら、良かったのにね。」
ショコラのキャリーバッグを両手で抱えたまま、ショコラに話しかけるようにする。
「何だ?そもそも、お前んちで飼いきれなくなったから俺に押し付けたんだろうが。」
「まあ、そうなんだけど。その後だよ。おばあちゃんがいたでしょ。あの人、ショコラをいじめてたじゃん。」
BLのキャラについて語る時とは違って、低い早口で、こんな不快な話はさっさと言い終えてしまいたいという口調だ。俺と目を合わせることもしない。
「私、見てたもん。小っちゃかったけど、はっきり覚えてるよ。おじいちゃんのいないところで、ショコラにタバコ押し付けたり、蹴ったり。」
「そんなこと、してたのか。」
「うん。だから、ショコラを返してって何度も言おうとしたんだけど、私にもおんなじことするんじゃないかって怖くて、言えなかった。」
孫は、ショコラのキャリーバッグをぎゅうと強く抱いた。
「こういう言い方が良くないのは分かってるけど、おばあちゃんがいなくなってくれて、嬉しかった。」
それを聞いて、俺は胸に鉛玉でも撃ち込まれたような気分になった。祖母の失踪と死を喜ぶだなんて、孫として許されないことだ。などと、大上段に構えて孫を叱り飛ばすことはできない。こんなセリフを孫に言わせる方が悪いんだ。それくらい、今の孫の顔を見てりゃ、バカなジジイの俺でも分かる。
だが、俺は何故か、素直に孫に謝ってやることができなかった。俺はさっきの鉛玉がつっかえたまま、何も言えずに黙った。
「…。」
「ごめんね、ショコラ。あの時助けてあげてたら、きっと今も痛くなかったんだよね。」
くうん、とショコラが鼻を鳴らす音が微かに聞こえた。あのお喋りショコラだったら、今、何て答えたんだろうか。
俺と孫は、お互いに物思いにふけったまま、一言も口を利かずに歩いた。
思い返せば、仔イヌの頃のショコラは生傷が絶えなかった。散歩に連れ出すと、はしゃいで茂みに突っ込んだり側溝に落ちたりしていたので、どの傷がどうやってできたのかなんて、俺はいちいち気にしていなかった。俺に心当たりのない怪我でも、家の中で遊んでいるうちにこさえたのだろうと思っていた。ガキンチョが怪我をするのは通過儀礼のようなものだから、せっせと手当だけしてやればいい。だが、そうではなかったわけだ。
イヌが目障りだとか、飼うのは嫌だとか、そんな不満は一度も言われなかった。だから、気付かなかった。それも事実だが、ただの言い訳にすぎない。ひたすらに、俺が鈍チンで不注意だったのだ。俺は本当に、間に合わねえ男だ。孫が自分を責める必要などない。
俺は孫の頭にポンと手を置いた。だが、すぐに振り払われる。
「やめてよー。髪型崩れるじゃん。」
「毛が生えてるだけマシだろ。」
「ハゲがうつったらどうするの。」
「んなもん、うつるか。遺伝だ、遺伝。もう決まってるんだよ。」
「げー、ハゲ確定?やだー。」
やれやれ、やっと笑った。
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