第35話

 そこで孫娘は、急にしゅんとしおらしくなった。


「でも、その子、こないだ死んじゃったんだ。」

「…亡くなった、だろ。」

「そういう言い方、知ってるけど、したくない。なんか、遠いから。」


そう言って、つま先で小石を蹴る。孫娘の言わんとするところは、何となく分かる。丁寧語も敬語も、相手と距離を置くための表現だ。俺は孫の気持ちを尊重することにして、言葉遣いは放っておくことにした。


「だから、私は遺志を継ぐの。私は決してBLを裏切らない。」

「BLごときにそんな御大層な決意は要らねえんじゃないか。普通に好きでいいだろ。」


この際だからボーイズでないラブに転向してほしい気もするが、そこは目をつぶろう。


 だが、孫は変に頑なだった。そうすることで、子どもなりに、友人を喪った悲しみを紛らわせているのかもしれないが。


「ううん、私は運命に従い布教する。結愛ちゃんが私をBL沼に引きずり込んだみたいに。」

「何だって?」

「いやあ、さすがにね、結愛ちゃんのショタ推しはちょっと度を越してたし、私とは方向性が違うんだけどね。私はどっちかってゆうと、陰キャ推しっていうか、顔もだけどやっぱり性格が大事かなって。何ていうか、元々自己肯定感低めな子を私が応援することで、味方がいるんだ~って自信を持ってもらいたいっていうか。」


 孫娘が俺に向かってこんなにぺらぺらとまくしたてるのは、中学に入って以来初めてだ。俺はあっけにとられた。大丈夫か、こいつ。これがBLの力なのか、沼の力なのか。いやいや、そんなことより、確かめねばならないことがある。


「結愛って、田中結愛か?」

「えっ、おじいちゃん、知ってるの?あ、そうか。小っちゃい時に会ってるか。結愛ちゃん、私と保育園も小学校も一緒だもんね。」

「ん、ああ。まあな。」

「そう言えば、結愛ちゃんはショコラのことも覚えてたな。イヌ好きだったし。」


 深谷が俺の様子を窺っている。俺は孫には適当に話を合わせたものの、実はさっぱり記憶にない。そりゃ、何人か小さいお友達がいたことは覚えている。あーくんとかいっちゃんとか、おぼろげな名前もいくつかは思い浮かぶ。だが、時々刻々と変化していく孫の交友関係を克明に記憶している祖父母なんて、この世にいるのか?自分の知り合いの名前ですら、ポッと出てこなくなって久しいのに。


 俺は内心の動揺を隠すため、ショコラを利用することにした。屈みこんで表情を悟られないようにし、頭と背をごしごしと撫でる。


「そうか。ショコラ、結愛ちゃん、亡くなったんだってよ。寂しいな。」


くうん、とショコラが鼻を鳴らした。こいつ、わきまえてやがる。俺はしばらく、あたかも黙祷するかのように静かにショコラを撫で続けた。

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