第17話

魔法少年一人を背負ったくらいでは、プリ方式の運動能力に悪影響はないようだ。むしろ、背中の深谷の方がやかましい。ぶるぶる震えるわ、悲鳴を上げるわ、文句を言うわ、舌を噛むわ。俺が立ち止まるころには、労せずして移動しているくせに、この世の責め苦を一身に背負ったようにくたびれ果てていた。このまま俺が手を離したら、ぼろ雑巾のように力なく地面に投げ出されるのは間違いない。しょうがないので、俺は深谷を背負ったまま前方の人影に話しかけた。


「おうい、そこのお前さん。お前さんも、魔法少年になっちまったのか?」


 半日前の深谷のように、なす術もなく呆然と立ち尽くしていた人影は、くるりと俺の方に向き直った。光も収まってるし、あの恥ずかしい口上は既に済ませたところなんだろう。おかげで名前は分からんが、イメージカラーは緑系らしい。髪も、フリフリ衣装も、緑っぽい。今は俺たちと同じく、華奢で可憐な魔法少年?少女?だが、元の年齢も何も分かったもんじゃない。


「俺は小林で、こっちは深谷。そっちは?」

「お二人は、男子ですか?」

「あん?そうだけど。お前さんは…」


 と俺が尋ねようとしたら、緑色は両手で顔を覆って、悶絶し始めた。細い指の隙間から、時折俺たちの方をちらちら見ては、またか細いうめき声をあげる。終いには、立っていられないのか、地面に膝を付いてひれ伏してしまった。


「なんだ、なんだ?俺たち、何かまずいことでもしたのか?」

「いえ、もしかしたら、ですが…」


背中から深谷の声がした。


「私たちが男のカップルだと、認識したのではないでしょうか。」

「はぁ?とんだ誤解だ。」

「あの方の頭の中の妄想の話です。私の知り合いにも、男同士の愛情を描いた作品に耽溺する人がいますので、何となくあの反応に見覚えがあります。ビーエル、と呼ぶそうです。」


 ああ?聞き覚えがある。孫娘が何か言っていた。ビールかエールか、と俺は自分の知っている言葉に結び付けてしまったが。深谷が説明するところによると、ボーイズ・ラブの頭文字でビーとエルなんだとか。


「冗談じゃねえぞ!」

「わぁ。」


俺は潔く両手を離して、深谷をほっぽり出した。ころりと背中から深谷が転げ落ちたが、知ったことか。


 俺はつかつかと緑色に近寄った。


「悪いが、あんたの妄想には付き合えん。今はこんなナリにされちまったが、俺は年金暮らしのジジイだし、深谷は50がらみの脂ぎったおっさんだ。しかも、昨日会っただけの真っ赤な他人だ。現実を見るんだな。」

「はい。眼福です。美少年同士が絡み合って、ショタ好きとしてはドストライクです。攻めがオレ様で、受けがドジっ子っていう定番もご馳走様です。あ、でも、逆でも良いっす。」


ダメだこりゃ。緑色の妄想の厚い壁を肌で感じた俺は、誤解を解くのを諦めた。というか、緑色も、事実とは別の次元の想像で楽しんでいるのだから、それくらい好きにさせても構うまい。どうせ、これは俺の本来の顔形じゃないんだ。緑色は俺が動かしている人形に興奮しているというだけに過ぎない。ちょいと薄気味は悪いが、我慢できないほどではない。

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