第16話

「まあ、こうなっちまったんだから、しょうがねえや。ショコラなしでも、闘って勝ちゃ良いんだろ。」

「ええ、そう思います。でも、前と違って、いないんですよね。ああいう、モンスター?みたいなのが。」


 プラが遠方を指す。俺も辺りをひとしきり見渡してみたが、確かにプラの言うとおり、悪役がいない。悪役どころか、ネコの仔一匹いないが、俺らと悪役以外の動物がいないのは前も同じだ。この舞台にエキストラというのはいないらしい。


「困ったな。そうなると、どうやって帰ったものか、見当もつかん。」

「そうですよね。頼みの綱のショコラちゃんもいませんし。ショコラちゃんはアウルムさんのお宅に帰ったんでしたっけ。」

「のはずだな。…っと、ショコラもいねえし、小林で良いよ。お前さんは何だっけ?」

「あ、すみません、申し遅れました。私は深谷です。」


 こうしておっさんとジジイが本名で呼び合っても、ショコラのツッコミが入らない。ってことは、やはりいないんだろう。諦めるしかないか。


「じゃあ、適当にほっつき歩いて、悪役を探すしかねえさな。」

「そうですね。小林さん、高い所に登って探せませんか?」

「そりゃやれるだろうけど、お前さんもできるだろ。悟空なんだからさ。ハメハメハ。」

「カメハメ波です。」


そこの訂正は揺るがないらしい。が、深谷は自分で飛んだり跳ねたりしようとしない。ものぐさだからというよりは、ひたすらに自信がなさそうだ。夢の中くらい、好き放題暴れりゃいいものを。不自由な奴だ。やむを得ないので、俺はひょいひょいと適当な建物に飛び移って、てっぺんから周囲を見渡した。プリキュアは基本的には空中浮遊はしないから、プリ方式で動く俺の限界はこの程度だ。本当なら、空を飛べる悟空の方が機動性は高いんだがな。


 そんな愚痴を考えつつ、四方八方をねめつける。と、遠くで何となく見覚えのある光が収束しているのを見つけた。


「あっちで、俺らの仲間が来たかもしれん。何か光ってる。」

「モンスターは?」

「どうだろうな、あいつら、大した悪さはしないから分かりづらいな。いるような、いないような。」


 俺はひゅっと地面に降り立った。


「とりあえず、行ってみよう。俺もお前も、初めて来たときには近くに悪者がいた。新手もそうかもしれん。」


うなずく深谷を尻目に、俺は駆け出した。そして、すぐに立ち止まった。深谷に呼び止められたからだ。随分後ろの方から声が追ってくる。


「小林さーん、待ってくださーい。私はそんなに早く走れませんよ~。」


 はるか後方に、深谷の走る姿が小さく見える。健全な青少年が健全に掛けっこをする程度には早いが、決して魔法少年の魔法的な身のこなしではない。俺は深谷に聞こえぬように小さく舌打ちをした。


「情けねえ悟空だな。」

「悟空、悟空って言わないでください。たまたま、カメハメ波が撃てただけですから。悟空の本分はむしろ、格闘の方にあるんだし。」


息も切れている。情けない魔法少年だ。


「手のかかる奴だな。ほれ、乗れよ。」


 俺は深谷に背を向けた。こいつの歩調に合わせるより、俺が背負って走った方が速そうだ。深谷は流石にためらっていたが、俺がしつこく催促するとおっかなびっくり体を預けてきた。衣装の過剰なフリルが邪魔だが、まあ、担ぐのに支障はなさそうだ。


「しっかり捕まれよ。落っこちても知らんぞ。」

「は、はい。」

「ぐぶ、ば、ばか、首を絞めるやつがあるか。」

「あ、すみません。」


 深谷ががっしり俺にしがみついたのを確認し、俺は再度駆け出した。周りの景色が急流のように流れていく。

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