第14話

 一晩だけの付き合いだろうが、無駄に我を張って喧嘩する必要もない。俺はカーテンを開けてみた。隣のベッドの主も体を起こしてカーテンを開けている。俺と目が合うと、軽く頭を下げて会釈した。


「すみません、先ほど少し聞こえてしまったんですが、イヌを飼っておられるんですか?」

「ええ、はい。私と同じで、もう老い先短い年寄りですがね。」

「その御老犬のお名前が、ショコラちゃん?」

「ええ、ショコラです。さっきの孫娘が付けましたんで、えらい洒落てしまいました。」


 こういうとき、この名前は恥ずかしいんだ。俺が脳みそ搾ってショコラなんて甘ったるい名前を考え出したみたいじゃないか。そう思われてはかなわん。


 同室の男はしばしうつむいて、何かを考えている様子だったが、やがておどおどとした様子で切り出した。


「あの、私、熱中症で倒れまして、ここに担ぎ込まれまして。ちょっと頭が茹だってしまって、おかしいかもしれないんですが。」

「はあ。」

「もしかして、その、アウルムさんですか?」

「はあ?!」

「あ、すみません、変なこと言って。忘れてください。すみません。」


 俺は口を一文字に引き結んで、隣の男を見つめた。50を少し過ぎたあたりだろうか。髪は大分薄くなり、ほぼ地肌が丸見えだ。肥満と言うほどではないが、痩せてもいない。布団の中の腹は見えないが、もしかしたら中年太りの傾向があるかもしれない。それに、やたらと謝るこの口癖。まさか、俺と共闘した、魔法少年か?あの夢は、夢じゃなかったのか?


 俺の目つきが悪かったせいか、男はへこへこと頭を下げ、おびえたようにカーテンを閉めようとした。俺は慌てて声をかける。


「お前さん、プラか。」


はっと息を飲む音が聞こえた。男はカーテンの端を持ったまま、固まった。これは、確定だ。あれが夢なのか、幻なのか、何なのか知らないが、少なくとも俺とこの男は共有している。あのこっ恥ずかしい記憶と経験を。


 口を封じねばなるまい。俺は即座に判断した。


「無かったことにはできない。が、お互い、人に知られたいことじゃねえよな?」

「は、はい…。」

「いいか、この件は黙ってろよ。俺も、墓場まで持って行く。その日はそう遠くねえしな。」

「で、でも、あれは何だったんですか?それだけは教えて下さい。」

「俺が知ってると思うのか?俺にも皆目分からねえし、多分、イヌにも分からんさ。当り前だが、うちのイヌは喋ったりはせんからな。」


 俺はそれだけ言うと、カーテンをジャッと音高く閉めた。そして、小用やら歯磨きやらに出るとき以外は決して開けなかった。

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