第9話
予想どおり、口上は見事であったものの、光の中から姿を現す頃にはそいつはすっかり狼狽しきっていた。俺と同じように、頭から垂れる薄水色の髪の毛を触り、頬を撫で、両手を眺め、身を覆うフリフリ衣装を撫で回し、そして、ふと気づいたように股間に手を伸ばす。とりあえず、こいつも男だということは分かった。今のフリルの中身がどうかは分からんが、少なくとも元は男だ。
ただ、俺と違うのは、ショコラがいないことだ。こいつの周りには、怪しい小動物は見当たらない。どうやら、小動物がいなくても、この世界で魔法少年だか少女だかにされてしまうらしい。ショコラが有能かどうかは怪しいところだが、とりあえず疑問をぶつける相手にはなる。それがいないとなると、心細かろう。俺は仄かな親切心を掻き立てられ、薄水色の髪の魔法少年に近寄った。
「おい、お前さんも…か?」
も、の後に続けるべき適切な日本語が思い浮かばず、俺は曖昧に声をかける。薄水色はびくっと身を震わせて顔を上げた。半分口を開けたままで俺の姿をまじまじと見つめ、腰が抜けかけた姿勢のままぼんやりしている。どうも、反応が鈍い。俺以上の年寄りなのかもしれない。
「大丈夫か?」
「…あっ、すみません。ただもう、突然の展開について行けなくて。すみません。」
我に返るや否や、ぺこぺこと頭を下げる。
「すみません。あ、私、こういう者で…。」
薄水色はごそごそと胸元を探った。手つきから察するに、スーツの内ポケットに手を伸ばした感じである。が、このフリルとリボンだらけの衣装に、そんなスペースは無い。多分、名刺も無いだろう。
案の定、すぐに薄水色はばつの悪そうな表情を浮かべた。
「すみません、ただいま、名刺を切らしておりまして…。」
「切らすも何も、ここじゃ名刺なんてないだろよ。」
「ああ、そうですよね。すみません。」
「あんた、名刺があるってことは現役世代か。俺は名刺なんて捨てて久しいジジイなんだけどよ。」
「えっ、ジジイ!」
反射的にそう返して、薄水色は直後に両手で口を覆った。こいつが名刺を必要とするような男の社会人だとしたら、余りに迂闊過ぎるし、この仕草は気味が悪いだろう。が、愛嬌のある魔法少年と化した今だと、小さな薄紅色の唇を細い指先で覆うと妙な色気さえ感じられる。怒る気も失せる。
「あ、すみません。とてもそうは見えなくて。」
「そうだろうな。と言っても、俺も鏡を見てねえから、はっきりとは分からねえんだけどな。」
「あの、私、本当は52歳で、頭も薄くて、最近おなかも出てきちゃって、みっともないおっさんなんですけど、今はどうなっちゃってるんでしょうか。」
「そうとは思えねえ、きらっきらの魔法少年だよ。あんたも、モノは付いてるんだろ?」
「はい、それはありました。でも、声も服も変だし、こんな髪の毛とか…ねえ。」
全く、同感だ。気色悪くてしょうがない。早くジジイに戻りたいものだ。
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