第6話
とにもかくにも、ショコラは誰がどこから見ても老いさらばえたイヌだ。こんなけったいな毛色で空を飛ぶ怪しい物体ではない。アニメ声で喋ることもない。喋るどころか、イヌのくせにちっとも吠えず、たまにくうんと鼻を鳴らして餌を催促するだけだ。俺の頭の毛や皮膚の張りの変化以上に、こいつは原形をとどめていなさすぎる。
「今はイヌじゃないよ。」
「見りゃ分かる。イヌだった時の方がずっと良い。」
「そりゃ、心外だね。」
ショコラは肩をすくめて見せた。いちいち生意気だな、こいつ。名前だけが同じで、中身は俺のイヌではないのかもしれない。
だが、どうも俺以上にこの世界の道理というものが分かっている様子だ。俺はとりあえずこいつに尋ねるしかない。
「俺はどうしちまったんだ。」
「君は魔法少女、キュア・アウルム。ほら、そこの悪いやつをやっつけて。」
「待て待て、俺は少女じゃないし、魔法って何だ。」
「もー。年寄りはホント頭硬いよね。どうでもいいから、あれ見てってば。」
ショコラの指し示す方向を見ると、ヒトの3倍くらいのサイズの動くものが住宅街を闊歩している。オナモミの実を大きくしたものに、おまけ程度の手足と目口をくっつけたような見てくれだ。これといった悪事を働いているようには見えないが、たまに手近なニセモノじみた木々を粉砕したりしているから、一応、悪いやつという立ち位置なのだろう。あれよりむしろ、散歩の度に俺の服やショコラの毛皮にくっつく本物のオナモミの方が鬱陶しい気もする。
おっと、それより。魔法少女って…。俺はそっと股間に手を伸ばした。こちらもフリフリのふわふわな衣装に覆われているが、手ごたえは何とか掴める。
ん。あれ、あるぞ。まあ、声と同じで、二次性徴前のサイズ感ではあるが、モノが丸きり無いわけではない。感覚もあるから、股間に変な飾りが付いているというオチでもない。
「おい、俺は少女じゃないみたいだぞ。」
「あ、ごめん、言い間違えた。魔法少年。細かいことは気にしないでよ。今の時代、どっちであっても、どっちでもなくても、アリでしょ。」
確かに、この前のプリキュアも男子だった。
って、俺もプリキュアになったのか?そう言えば、キュアなんちゃらって自称しちまった。その辺の、著作権とかああいった面倒な関係はどうなるんだ。そんな心配をしていたら、俺が質問する前にショコラが言葉を続けた。
「それと、安心して。君にはプリは付かないから。」
「…あ、そうなの。」
「うん。違うから、安心してアレやっつけちゃって。やり方は、君の知ってるそのプリ方式で構わないから。」
プリ方式って。違うと言いつつ、十分踏襲してるんじゃないか。
「あのオナモミやっつけたら、俺は元のジジイに戻れるのか?」
「うん。」
「お前も?」
「たぶん。」
そう答えた瞬間だけ、ショコラの黒い瞳が見慣れた老犬のものに見えた。
そうか。奇天烈な姿に替えられてしまったのはお互い様か。お前もきっと、元の場所に戻りたいんだろうな。そうだ、散歩の続きをしよう。いつものように公園をぐるっと回って、水飲み場でちょっと休憩して、それから家に帰ろう。お互い、寿命がもうじき尽きるところまで来てはいるが、最後の最後にこれはちょいと頂けないよな。
俺はあれこれと理屈を考えるのを止めた。夢なら、醒めよ。プリ方式で、あの巨大オナモミをとっととやっつけてしまおう。
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