第8話 約束の日

約束10分前に目的地に着くと、そこには既に春乃がいた。

私に気づくと、勢いよく駆け寄ってきて私の腕を握り、ニカッと笑って「おはよう、早く行こう」と私に挨拶をする暇さえ与えず、引っ張っていった。

2人で電車に揺られ、早めの昼食を取ってから雑貨屋を見たり服を見たり、時間を忘れてしまう程楽しんでいる自分がいた。


「ここで休憩しようか」と言われ、周りに目を向けると、沢山の花に囲まれた広場があった。春乃は、私をベンチに座らせると「ちょっとまってて」と駆け足でどこかへ行ってしまった。

1人残された私は、今日のこと全て、私のために考えてくれたのだろうと、胸に噛み締めていた。すると、突然頬に冷たいものが当たって顔を上げると、2つの飲み物を持った春乃が、少しムスッとした顔で、私の前に立っていた。


「また下向いてる」


そう言いながら、飲み物をひとつ私に差し出した。


「ありがとう。あ、お金」


私が財布を出そうとしていると、私の隣に座りながら「これは奢り。だから、また今度あなたが奢って」と、鞄から出そうとしている私の手を止めた。


「ありがとう。今度必ず奢るね」


私は、また次もあるのだと嬉しく思った。


「今日、楽しくない?結構無理に誘ってしまったから……」


不安気に春乃が私に尋ねてきた。


「いやいや、めっちゃ楽しいよ。全然無理やりなんかじゃないよ」


必死に否定する私を見て、「そっか」と安心し切った顔で空を見上げ、ふぅっと一息ついてから徐に話し始めた。


「私、昔から作り笑いとかが苦手で、表情があんまり変わらないの。だから、ずっと”無愛想だ、もっと愛想良くしろ”って散々言われて来た。でも、すごく下手くそで、全然治らなくて、気づいたら一人になってた。私は、無理して笑って人と関わることない。って、諦めたから、あなたは私とは違うなって思ってた」


春乃は、何か懐かしいものを見るかのように、私を見つめて話を続けた。


「でもね、昨日あなたに”出会いとか別れなんて意味がない”って言われて、あなたも私と同じなんだと思ったの。だから話そうかなって」


「何を?」


「私の過去の話、かな」


そう言って、春乃は空を見上げ、すうっと空気を吸った。


「私もね、昔、新しい出会いがあったって、皆んな愛想笑いもしない私に勝手に幻滅して離れていくから、それなら初めから出会いも別れもなく、変わらなかったらいいのにって思っていたの。それを、従兄弟のお兄ちゃんに話したことがあるの」


「春乃も、私と同じこと思ってたんだ」


「そう。そして、お兄ちゃんは私にこう言ったの。”日常にある細なことでも、それは偶然じゃなくて、全てに意味があるんだ。だから、出会いや別れにもきっと意味がある。その意味をお前が見つけられる日が来るといいな”って。私はね、それを聞いて意味を見つけてみたいと思った。見つけて、お兄ちゃんに会いに行きたいの」


春乃は体ごと私の方を向き、まっすぐに私を見て口を開いた。


「あなたが、出会いも別れも意味がないって思っているなら、二人で見つけていかない?私たちの出会った意味を、いつか来るかもしれない別れの意味を」


出会いや別れの意味.....私も見つけてみたい。


「うん。見つけよう」と私は、力強く頷いた。

辺りを見渡すといつの間にか日が沈みかけていた。それに気づき、私たちは広場を後にし、電車に揺られながら二人で今日の思い出を振り返って笑い合った。


「「またね」」


朝の集合場所で、各自家へと向かった。

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