第6話 過去

朝起きて、顔を洗いにいく。鏡に映る自分が余りにも醜くて、消えたくなった。


学校に着けば、"あの会話" はなかったかのように、何も変わっていなかった。

私はいつも通り、笑顔の仮面を付けて、うわべだけの友情を築き、春乃は一人で本を読んでいた。その現実に、安堵して、絶望した。


放課後、もう私に図書室へ行く資格はない。

皆んなが次々と帰っていくのを笑顔で見送り、私は一人、誰も居ない教室を眺めていた。


ガタッ──


私は、腕を引っ張られ、勢いよく立ち上がる。


「な…に」

「どうして図書室に来ないの。教室でぼーっとしてるくらいなら、図書室来なよ」


春乃は私の手をぎゅっと握って、図書室まで連れて行った。

図書室に着いて、二人向き合って椅子に座った。

シンとした沈黙を破ったのは、春乃だった。


「昨日から様子変だけど。何かあったの」


そう聞かれて、私は何から話したらいいのか分からなかった。だけど、本当の私を春乃には知って欲しかった。


「中学の時、私のクラスでいじめが起きたの」


─ 三年前 ─

クラスでのいじめは、突然始まった。きっかけは多分、クラスで起きた鍵閉め事件の、犯人探しの時。


ある日、クラスの中心にいたグループの子達が、先生が教室に入れないように鍵を閉めた。やってはいけない事だということは、分かっていたと思う。けど、皆んな子供だったから、ほんの少しイタズラしてやろうという軽い気持ちで。私も、本気で止めることはしなかった。でも、一人だけ注意する子がいた。


「悪ふざけが過ぎるんじゃない。先生が来る前に、早く鍵開けなよ」


「いや、ちょっとイタズラするだけじゃん。ドッキリみたいなもん。そんなガチにならないでよ。シラケるんだけど」


「イタズラでも、ドッキリみたいなもんでも、やっていい事とダメな事があるでしょって言ってるの」


そんな言い合いをしているうちに、廊下から足音が聞こえてきた。皆んな急いで席に着く。

鍵は閉まったままだった。急いで手前の席の子が鍵を開けたけど、もう手遅れだった。


バシンッ ──


先生は、持っていた教材を思いっきり教卓に置いた。教室中が凍りついた。


「鍵閉めたの誰。犯人が出てくるまで、授業は進めません」


誰も、何も言うことが出来なかった中、一人、手を挙げた。


「__さん達が閉めていました」


クラス全員が、声のする方へ目を向けた。その子は、注意していた子だった。

結局その授業はつぶれて、クラス全員がキツく怒られ、鍵を閉めた子達は、個別で呼び出されていた。


── そして、その次の日からいじめが始まった。


朝学校に着くと、鍵を閉めた子達に囲まれ、声を掛けられた。


「冬花、これからアイツのこと無視しなね」

「え、なんで……」

「ムカつくから。正義ぶってさ。だから無視するの」

「でも……」


そう言いかけて、私は口を閉ざした。最後まで言ってしまえば、私が同じ目に遭うことを、私を囲む人達の目を見て理解した。


初めは、無視するだけだった。なのに、いじめは少しづつ酷くなっていった。

わざと足を引っ掛け、転ばせたり、教科書やノートを隠したり、捨てたり。先生に見つからないよう、上手く隠して、笑いながら、いじめを楽しんでいた。

私は、その光景を黙って見ていることしかできず、いじめの現場を見るたび、あの時、あのまま、口に出していたらと、ゾッとした。



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