第54話 お迎え

 直桜が捕らわれた報せはすぐに13課に入った。勿論、護の元にも報せが来た。だが、その報せよりわかり易い迎えが着ていた。


「俺の顔を見ても驚かないんだね。来るのがわかってて待ってましたって顔だ」


 八張槐が目の前に立っている。

 内心を言い当てられて、護は身構えた。


「直桜が捕らえられたと報せを受けましたから。私の所にも来るだろうと思っていました。まさか貴方が自ら来るとは思いませんでしたが」


 一歩だけ、後退る。

 槐がくっくと笑った。


「優秀な13課が抵抗もせずに直桜を引き渡したんだ。俺たちの作戦に乗っかる気満々だね。笑える。で、お前も乗るの? 護」


 顎を上げ指をさす姿は、明らかにこちらを挑発している。

 ごくりと唾を飲み込んで、頷いた。


「私も、13課の人間ですから」

「俺たちは13課の成果になる儀式なんか、してやる気は無いけど。まさか無事に帰れるなんて、思っていないだろ」

「帰りますよ。貴方方が思う以上の成果を持ち帰ります」


 槐が口の端をいやらしく上げて、ニタリと笑んだ。


「いいね、面白くなってきた。付いておいで。直桜がいる場所に案内してやるから」


 くるりと振り返り、槐が歩き出す。

 スマホで簡単なメッセージを送ると、護も歩き出した。その仕草に槐が気が付いているのは織り込み済みだ。


「別れた頃から変わらないねぇ、護。直桜とはタチ? ネコ?」

「貴方に答える義理はありません」


 並んで歩こうとする槐から距離を取る。

 

「ネコの護は可愛かったもんなぁ。相手が直桜ならタチっぽいけど、攻めてる姿が想像できないな」

「いい加減、黙ってもらえますか。胸糞悪い」


 本気で吐き捨てる護に満足したのか、槐がちらりと護に目を向けた。


「体が大きくなったのは訓練の成果? 眼鏡は伊達?」


 その問いには答えずに、黙って歩く。


「訓練の成果を隠しきれないようじゃ、まだまだ未熟だね、護。期間が足りなかったかな。直桜の方は仕上がったようだけど。直桜は特別だから、比べるのは可哀想か」


 またもや事実を言い当てられて、ぐっと唇を噛んだ。

 そんな護を槐が楽しそうに眺めている。


「13課もこれ以上は訓練期間を設けられなかったんだろう。土地神を荒魂のまま長期間放置したら、元に戻せなくなるからねぇ。そのまま屠るしかなくなる。まだ救う気があるってことだ」


 振り返った槐を振り切るように顔を背ける。


(やはり、この男は苦手だ)


 人の心を見透かしたように言葉を並べて試してくる。

 突然手が伸びてきて、腕を引かれた。容易に腰を抱かれて、動けない。


「よそ見してるから、こんな風に簡単に奪われるんだよ。力ならお前の方がずっと強いだろうに、抵抗できないだろ」


 槐の顔が近付く。

 吐き気がするほど嫌なのに、抵抗できない。

 唇が、重なった。

 もうずっと昔に嫌というほど感じた口付けだ。


「ぅ……、ぁ……」


 何かが体の中に流れ込んで来たと気が付いた瞬間、意識が霞み始めた。


「あんまりよそ見し過ぎると、大事なものを奪われるよ。奪われて、目の前で壊されないように気を付けないとね。お前自身も壊れないようにね、護」


 槐の言葉が遠くで聴こえる。

 何かの呪詛を掛けられたのだと体が感じた時には、意識は掻き消えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る