第6話 霊・怨霊担当統括 藤埜清人

「瀬田くん! ダメです!」


 化野が後ろから直桜の体に抱き付いた。

 吐息も手の温度も、やけに熱い。


「それ以上は、清人さんを殺してしまいます!」


 直桜の耳元で、化野が必死に叫んでいる。

 化野の腹が背中に触れた瞬間、直桜の体から神力が吸い取られた。

 神力と一緒に溢れていた怒りが沈んでいく。

 直桜は化野を振り返った。


「化野、そこ、座って」


 声は冷静だったと思う。

 化野は直桜の言葉に従い、素直に椅子に腰かけた。

 邪魅を纏った腕と腹に手を添える。


「瀬田くん! 待って……」

「魂魄は祓わない。無駄に増えてる邪魅だけ祓う。このままにしてたら、化野が鬼化するだろ」


 あてた手のひらから邪魅を吸い取る。

 体の中に取り込んで聞食すと、清浄な気だけが体外に流れた。

 化野の手を取って、自分の頬に添える。まだ、熱い。


「ありがとうございます。……あの、瀬田くん?」


 困惑した声が頭の上から聞こえる。


「化野の手って、いつもこんなに熱いの?」

「……前は、冷たいくらいでした」


 気まずい声だが、黙り込まずにちゃんと答えてくれた。


「そっか。やっぱ、そうだよな」


 腕を伸ばして化野の腰に巻き付けると、腹に顔を寄せた。


「え⁉ 瀬田くん⁉」


 更に困惑した声が降ってくるが、気にしない。

 手を伸ばして、化野の手を握り締めた。


(何で俺が一昨日、あのマンションに行ってしまったのか、わかった。俺に化野を

会わせたかったんだろ、直日神。くっそムカつく)


 悪態を吐いても返事もしない神様に腹が立つ。

 自分の内側に確かに存在する神が仕組んだ悪戯に、嫌な気はしない。そんな自分に苛々する。


(俺は喰ってなんかいない。今もこうして、直日神コイツに翻弄されてるんだ)


 ふわり、と熱い指先が直桜の髪を梳いた。

 黙り込んだ直桜を化野が優しい手つきで撫でていた。

 一見して冷たそうな顔をした鬼の手は、酷く優しい。とても心地が良かった。


「何だよ、仲良しじゃねぇの。何でバディ組むのが嫌なワケ? そんなに13課が嫌いか? それとも、自分の力が嫌いなタイプ?」


 破れてボロボロになった服も体中に付いた傷も気に留めずに、清人が二人の前に屈んだ。


「アンタみたいにデリカシーがない振りして探り入れてくる人間が嫌いなんだよ、おっさん」


 化野に抱き付いたまま、唾を吐く勢いで吐き捨てる。

 何故か清人が楽しそうに笑った。


「気が合うなぁ。俺も、若いくせに妙に敏くて達観した振りしてるガキが嫌いだよ。けど、化野には、似合いだと思わねぇ?」


 清人が腕を持ち挙げる。

 化野が咄嗟に直桜に覆いかぶさって庇った。

 清人の指が三本、立った。


「三か月。お試しでバディ組むのは、どうよ? 試用期間みたいなもんだ。三か月後にどうしても嫌ってんなら辞めていいし、13課はお前を追わない。約束してやるよ」


 直桜はじっとりした目で清人をねめつけた。


「おっさんの言葉の何処を信用しろってんだよ」

「こう見えて俺、ソコソコ偉い人なのよ。なぁ、護?」


 清人の目が化野に向く。

 びくっと化野の肩が跳ねた。


「霊・怨霊担当部署の統括ですので、13課で三番目くらいに偉い人、でしょうか? 瀬田くん、清人さんはチャラいですが、権限の使い方は巧い人ですよ」

「それ、褒めてんの? 俺には職権乱用するダメな大人って言ってるように聞こえんだけど」


 清人がカラカラと笑った。


「合ってる、合ってる。俺が権限を行使してお前を追わないように仕向けてやるって言ってんの。でも、それなりにリスキーだから、条件付けたいなぁ」


 清人がニヤリと直桜を見やる。


「化野の腹ン中の魂魄を祓え。三カ月でソレができたら、お前は晴れて解放。13課は二度とお前に関わらない。13課の頂点が桜谷の御曹司だって事実に比べたら、簡単だろ?」


 直桜は言葉を飲み込んだ。

 清人が言う通り、13課のトップは警察庁副長官を務める桜谷さくらたに陽人ひのと、集落出身の親戚だ。直桜が13課の事情に詳しいのは、そこに起因している。


(アレを黙らせるだけの権限なんか、ある訳ないけど。でも陽人に特に勧誘されてないのも事実なんだよな)


 秘された異端は13課には要らない、という暗黙の意志だと思っていた。

 ぐっと、化野の腹に顔を埋める。

 内側にある魂魄が、熱を帯びているのがわかる。こうしている間にも、この魂魄は化野の霊気を吸って邪魅を引き寄せている。


(今は、どうでもいい。化野の中に、魂魄こんなモノがあるのが、気に食わない)


「わかった、やるよ。三か月で化野の腹ン中の魂魄を祓ってやる。ついでに仕事もしてやるよ」


 不意に化野を見上げる。

 困惑しきって真っ赤になった顔が直桜を見下ろしていた。


「んじゃ、契約成立な。にしても、たった二回しか会ってないのに、随分懐いてんなぁ、お前」


 伸びてきた清人の手を、パシッと払った。


「こういうのは直感なんだよ。三カ月は化野は俺のだ。触んな」

「えぇ、そんなに気に入ってんの? てっきり化野が瀬田を気に入ったのかと思ってたわ。ちょっとビックリなんだけど」


 払われた手を撫でながら、清人が割と本気で引いている。

 自分だって驚いている。けど、仕方がない。

 最初に会った時から、恐らくは会う前から、直桜の気持ちが動くと知っていた直日神ヤツの仕業なのだから。


「ま、仲良くやれんなら良いや。なんかあったら連絡してこいよ。こう見えて、部下は大事にする質だからさ」


 そうだろうな、と思う。

 清人が、直桜と化野を強引にでもバディにしたがるのは、化野のためなんだろう。このまま化野を放置すれば、鬼化した化野を13課が殺す顛末になる。かといって、中途半端な術者では、化野の中にある魂魄は祓えない。


(すげぇ厄介だし、面倒臭い。何より、気に食わない)


 化野の細い腰に回した腕に力を籠める。

 内側の魂魄に喧嘩を売るように、腹に顔を埋めた。

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