第5話 神喰いの惟神

「瀬田くん、もう目を開けていいですよ」


 化野の声に促されて、目を開く。

 ゆっくりと頭を上げると、目の前にログハウスのような家があった。

 化野の手が、直桜の腕から離れる。


「これでしばらくは、時間が稼げます」


 車から降りた化野に続く。

 周囲の木々は静かだ。さっきまでの殺伐とした気配は、どこかに消えていた。

 ログハウスの中は、綺麗に整理されていた。

 

「掛けて待っていてください。飲み物でも淹れます」


 キッチンに立つ化野は、勝手知ったる様子だ。


「ここって、化野の別荘なの?」

「別荘というか、一人になりたい時に使っている場所です。ここは現世から隔離された空間ですから」


 化野が言う「一人になりたい」とは13課の人間の干渉を離れたい、という意味なんだろうと、すぐに理解できた。

 普段からほぼ一人で仕事をしている化野が、わざわざあの事務所を離れる理由はなさそうに思ったからだ。


(前のバディとは、上手くいってなかったのかな。……別に、どうでもいいけど)


 13課は救いになったと話していても、離れたい時もあるんだろうか。


「早速ですが、本題に入ります。あまり時間がありませんので」

「時間、ないんだ」

 

 化野が真面目な面持ちで頷く。

 現世から隔離した空間に逃げても、すぐに見つかるということなんだろう。

 そもそも、ずっとここにいる訳にはいかない。化野にも直桜にも、生活があるのだから。


「その前にさ、こっち何とかしとこうよ」


 直桜は立ち上がり、化野の腕に手を掛けた。

 車に乗っていた時より、邪魅が膨れ上がっている。


(この辺りに怨霊や霊の気配はないのに、なんで邪魅が増えるんだ)


 直桜は無意識で化野の腹に手をあてた。

 何かが拍動する気配がする。


(なんだ、これ。腹ン中に、まだこんなにデカい邪魅、……いや、違う。これは、魂魄?)

 

「待ってください、瀬田くん!」


 大袈裟に体を捻ると、化野が直桜の体を突き放した。


「なん、だよ」


 驚く直桜に気が付いて、化野が気まずそうに顔を背けた。


「いえ、今は、瀬田くんの話をしないと。ここもすぐに嗅ぎつけられてしまうでしょうし」


 明らかに何かを誤魔化している態度が、気に入らない。

 直桜は再び化野の手を取った。


「憑いてる邪魅を祓うだけだよ。すぐに終わる。それとも、祓われたら困る理由でもあんの?」


 目を逸らしたまま、化野が俯いた。


「困ることは、ありません。ありませんが……」


 化野の手が自分の腹を摩る。

 そのまま、黙ってしまった。


(大事な話はダンマリ決め込むの、癖なのか。バレたくねぇなら、もっと巧く誤魔化せよ)


 煮え切らない化野の態度に、苛々する。


「それって、そんなに大事なの?」


 化野の腹を指さす。

 直桜を見上げた化野の顔に、絶句した。泣きそうな顔で、直桜を見上げていた。


「腹の中の、怨霊なりかけの魂魄を祓われんのが困るんだよなぁ、護。死んだ男のすだま咥え込んでンのって、気持ちいいの?」


 声と同時に、窓ガラスが盛大に割れた。

 腕で頭を庇う。腕の隙間から覗き見た向こうに、男が立っていた。

 ジーンズにシャツというラフな格好の細身の男は、明らかに敵意を纏った霊気をこちらに向けていた。

 緩く伸びた髪が揺れている。その目には愉悦とも怒りともとれない感情が滲んで見える。


「……清人さん。もう見付かってしまいましたか。さすがですね」


 清人と呼ばれた男が、顎を上げて化野を見下した。


「お前の詰めが甘いんだよ、護。見付けてほしいのかと思ったわ。ま、埼玉のド田舎って選択肢は、悪くなかったけど」


 ちろりと舌なめずりをして、清人が笑む。

 清人が直桜を指さした。


「さっさとソイツとバディを組め。んで、お前ン中の魂魄も祓ってもらえ。それで万事解決だろうが。何をそんなに抗う?」


 直桜は目の前の男を睨みつけた。


「俺は働くとは言ってない。化野の清祓を約束しただけだよ」


 清人が表情を変えた。

 揶揄う笑みが面白いものを眺める笑みに変わった。


「瀬田直桜。お前のこと、調べたよ。祓戸四神より上位の惟神でありながら桜谷の集落が秘した理由。お前、自分の力が怖いんだろ」


 ビリっと頭のてっぺんまで突き抜ける電気のような痺れが走った。


「惟神は普通、神を顕現させてその身に宿す。一つの体に二つの自我のある魂を内包させる神降ろしは、かなり無理した状態だ。維持するにも相当の霊力がいる。けど、お前はその上を極めた、集落で唯一の存在だ」

「……やめろ」


 奥歯を食い縛る。

 拳が勝手に硬く握られる。


「神降ろしの上位術、神喰いっていうんだろ。神力を神の存在ごと体内に取り込む。桜谷集落じゃ禁忌らしいな。けど、13課なら大歓迎だぜ。強い術者は何人いてもいい。半端な奴らは、すぐに壊れるか死んじまうからな」

「黙れ!」


 体内に凝縮されていた神力が吹き出した。

 雷のような電気が髪を逆撫でる。


「おお、怖。不動明王みてぇな面になってんぞ。ちょっと煽っただけで、こんなに力を見せてくれんだ。サービスいいじゃん」


 清人に向かって手を翳す。

 手のひらに凝集された雷が野球ボール大の稲玉になった。それを躊躇なく清人に向かい放った。


「おいおい、マジかよ」


 咄嗟に両腕でガードした清人だったが、避けきれずに稲玉をもろに喰らった。

 派手に吹っ飛んだ体が部屋の壁をぶち破って外に飛んで行った。

 それを追い、直桜の足が外に向かう。


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