第5話 霊破の小太刀

 翌朝、刹那はいつも通り登校準備を終え、リビングへと降りる。


「おはよう、刹那」

「あれ、母さん? 今日は休み?」


 テーブルの椅子に腰かけているのは、刹那の母親、月代夏子つきしろなつこだ。

 職業は看護師資格を持った介護福祉士。

 労働時間はまちまちであり、子供たちとのコミュニケーション不足を気に掛けている。


「たまには、お休みを貰わないとね」

「そっか。で、何観てるの?」

「最近、職場でも流してるんだけど、神山かみやまレミっていうアーティストの曲が、凄く評判でね。その特集を観てるのよ」

「神山レミ? そういや、友加里がそんなこと言ってたな


 神山レミ。

 神秘的な歌声と幻想的な楽曲で、今年一番の注目を集めている若きアーティストだ。

 日本人の父と外国人の母を持つハーフで、綺麗な金髪と黒と青のオッドアイが特長的だった。


 番組内では、レミという名前について経緯を話したり、これからの音楽活動について目標を訪ねたり、ちょっとしたドキュメンタリー要素を含んでいる。

 さして興味のない刹那は、友加里と入れ替わりに洗面所へ入り、顔を洗う。


「お兄ちゃん、行方不明だった女の人、見つかったって!」


 次から次へと……

 刹那は大きなため息を吐き、リビングへ戻るとチャンネルは変えられており、ニュース番組が映し出されていた。


<……昨夜未明、行方不明となっていた上利雪絵さんが、黄葉長丘神社付近で、男子高校生と思われる遺体と共に発見されました>

<男の身元は不明ですが、目立った外傷もなく、警察では上利雪絵さんとの関係を調査する方針です>

<一方、上利雪絵さんは意識を失っており、いまも回復していませんが、命に別状はないということです>


「無理心中かしらねぇ……」

「母さん、どうしてそう思うの?」

「たとえば、許されぬ恋をしていたとか。この年頃って、同世代とは違う生き方に憧れを抱く子が多いのよ」

「そうなんだ。ねぇ、お兄ちゃんはどうなの?」

「全然無い。人並みに生活できれば、それでいいよ」


「つまんない男ね」と母親と妹の目線が訴えかけてくる。

 そんな視線から逃げるように、刹那は家を出た――



 退屈な授業とパラパラと降り出した雨に、段々億劫になっていく心。

 それを紛らわす様に、刹那は窓の外に視線を向ける。


 ……誰だ?

 正門前に立ち尽くす人影が視界に入った。

 こちらを眺めているように見えて、気味が悪い。

 刹那は視線を逸らすように、後ろの席に座る龍生に声を掛けた。


「なぁ、正門前に人影がいるんだよ。見える?」

「……いないぞ」

「いや、いるって」


 再び視線を戻すと、人影は消えていた。


「おかしいな……」

「おかしいのは、お前だよ。いくら距離が離れてるっていっても、容姿ぐらいはっきり分かるからな」

「そうだよな」

「だから、人影はない」

「ごもっともです――」


 午前中の授業を終えた刹那と龍生は、購買部で昼食買い、再び教室へと戻った。

 片手に菓子パンを持ち、もう片方の手でスマホを操作する刹那。


「お、行方不明だった女生徒と共に見つかった遺体の身元が判明したな」


 男子生徒の名は、桧山拓斗……上利雪絵とは同じクラスメイトだったらしい。関係性はまだ調査中か。


「うちの母親がさ、無理心中じゃないかって言ってた」

「なんで?」

「なんか、許されぬ恋の末の……みたいなこと言って」

「俺らの年代って、そういうのに憧れるもんだからな。思春期だし」

「うわ、母親と一緒のこと言ってる」



 やがて雨は本降りとなり、急速にアスファルトを濡らしていく。


「そうだ刹那、帰りにボウリングしようぜ」

「なんだよ急に」

「今日は6月22日だろ? 坂本龍馬が初めてボウリングをした日らしいからな」

「意味がわからん……」

「まぁ、付き合えよ」


 龍生の誘いを受けた刹那は、蓮咲き商店街を抜けた駅前にある、ボウリング場へと足を運んだ――



 13オンスのボールがレーンの上を転がり、小気味良い音を立ててピンが倒れる。


「またストライクかよ」

「ごちになります!」

「龍生……まだだ、まだ終わらんよ!」


 刹那は12オンスのボールに指を差し、ピンの中心を狙い、勢いよくボールを転がした。


「……終わった」

「ごくろう、刹那」


 ピンは見事に両端に残り、スプリット状態になった。

 龍生は刹那に再度頭を下げ、飲み物代を催促する。


「ちょっと休憩。腕がりそう」

「2ゲーム連続だからな。そういえば刹那、異界領域オンラインやってるか?」

「やってるよ。それで、聞きたいことがあったんだ」

「なんだ?」

「シキオウジってプレイヤー知ってるか? 龍生の友達だって言ったから、フレ登録したんだけど」

「四季はちゃんと会えたのか。シキオウジは、森山四季もりやましき。小学校の頃の友達だ」

「ちなみに、プリンス・シキじゃないよな?」

「ははっ。やっぱ勘のいい奴にはバレバレだな」

「マジか?」

「俺らと同級生だぜ、プリンス・シキ」


 まさか、本当にあのプリンス・シキだったとは……


「妹がよく占いを観てるんだよ」

「なら、四季の占いに違和感があるだろ」

「そうそう、ラッキーアイテムが玉子焼きとか」

「それな。でも、四季が本気で占えば、マジで当たるからなんだよ」


 にわかに信じがたいが、龍生の言葉には芯が感じられた。


「今日は来るのか? その森山くん」

「四季でいいぜ。約束してるからな。刹那も来いよ」

「わかった」


 2人は、もう1ゲームして、ボウリング場を跡にした。

 その帰り、ボイスチャットをしながら、異界領域オンラインをしようと龍生からの提案を受けた。

 わざわざチャット欄に、言葉を打ち込むより、通話しながらであれば、スムーズに遊べるからだ。

 ホームセンターに寄った刹那は、イヤホンとマイクを購入し、帰宅した――



「あーあー。龍生、聞こえてるか?」

「聞こえてるぜ」

「四季はまだ?」

「さっき連絡あったから、もうすぐじゃないかな」


 四季の来るまでの間、龍生は刹那のステを確認する。


「レベル15か」

「メインシナリオの衣美津姫をクリアしたからな。10から一気に上がった」


 刹那が振り分けた15ポイントの内訳はこうだ。


 名前……<セツナ>

 性別……<男>

 属性……<風>

 LV……15

 HP……<160>

 MP……<64>

 体力……<15+1>

 霊力……<12+2>

 腕力……<14+3>

 知力……<14+2>

 速さ……<23+4>

 秘力……<11+3>


 武器……清められた木刀<攻撃力8>

 防具……交通安全のお守り<防御力3>

 攻撃……25

 防御……19

 剣技……斬閃<威力10>

 霊撃……空破<風属性。威力12>

 精霊……風の精霊イフリーナ<風魔法の与ダメ2%アップ>

 守護……無し


「ははっ! 刹那、まだ初期装備かよ」

「課金も考えたんだけどな」

「その方が手っ取り早いけど、ドロップ武器にも、いい性能を持った武器があるからな」

「でも、低確率だろ?」

「3人で周回すれば確率も上がるし、今日は四季と一緒に、武器を手に入れようか――」


 しばらくして、四季が合流した。

 想像していた声とは全く違い、良い意味で、ドスの効いた太い声だ。


「刹那。あらためて、よろしく」

「よろしく、四季」

「じゃあ早速、武器を取りに行こうか」


 3人が向かった先は、異界化された廃病院の地下施設だ。

 異界レベルは鎧と表示されている。

 異界領域オンラインのダンジョンは、下から盾、鎧、剣と難易度が設定されている。


「刹那には少し難易度が高いかもだけど、龍生と一緒にフォローするから、頑張って」


 四季はトリガーとなる廃病院の鍵を使い、地下施設へと侵入する。

 出現する敵は悪鬼あっきや鬼火といった、鬼に関するものが多い。

 悪鬼は攻撃力が高く、鬼火は火属性の魔法を多用する。


 龍生と四季は、やはり手慣れている。

 動きの先を読み、予め剣技や魔法を放つ用意をしている。

 刹那も寄生と言われないように、率先して戦闘に参加した。


「刹那、この先がボス部屋だから、全体回復使うね。ちょっと集まって」

「初見はムービー入るから、スキップせずに見ていいぜ」


 四季は2人のHPを回復させると、扉を開いた。


<あの武士ではないのか。ならば、貴様を殺して怒りを鎮めるとしよう>


 HPバーの上には、阿久良王あくらおうと表示されている。


「刹那、四季。タゲ取るから魔法で攻撃を」

「こいつは斬撃耐性持ちだからね。でも、刹那の空破は通りやすいから、ガンガン使っていいよ」


 龍生が阿久良王のタゲを取り、四季と刹那で魔法を放つ。

 四季の放つ魔法、雷鏡。

 3つの円形の鏡が阿久良王を中心に回り、四季の放ついかずちが鏡に反射してダメージを与える。しかも、多段ヒットするようだ。

 雷鏡を2度放っただけで、ごりごりと阿久良王のHPが減り、いとも簡単に撃破した。


「チャット欄に、赤字でレアアイテム入手って出てる」

「本当? でも、ここのレアドロップは、武器かヘアカラー金だからね」

「ヘアカラーいらねー」

「刹那、課金だと500円するんだぜ」


 インベントリを開くと、霊破れいは小太刀こだちという武器が入っていた。刹那は性能を確認する。


 霊破の小太刀……<攻撃力25・霊力+5>

<固有剣技・霊斬波れいざんぱ・威力は霊力依存。但し30まで>


「霊破の小太刀って……当たり?」

「すげぇ、一発ゲットかよ」

「おめでとう、刹那」

「しかし、思ったより早く手に入ったな」

「まだ時間あるし、守護神もついでに取る? 刹那は衣美津姫、クリアしてる?」

「昨日、クリアした」

「なら、行けるね」


 こんなにバンバンと進んでいいものなのか。

 いきなりの戦力アップに、少し戸惑う刹那だった。


 その後、刹那は2時間ほど守護神を手に入れるため、龍生、四季と共にクエストに挑戦したが、失敗に終わっていた。

 刹那の選んだ守護神は、サルガタナス。魔界の旅団長であり、グリモワールという文献に、その名が記されている。


 守護……上級精霊サルガタナス<速さ+3・秘力+3>


 刹那が速さ特化にこだわった結果だ。

 サルガタナスを守護神にする為には、道中はパーティーを組んで進めるが、最後は、単独でサルガタナスを倒さないといけない。しかし、何度挑戦しても倒せなかったのだ――



 翌日。3限目、体育。


「おい、月代。目の下の隈が酷いな」

「すいません、先生。ちょっと寝不足で……」

「遊ぶのは結構だが、体調管理はしっかりしとけよ」

「はい」

「じゃあ、計測しようか、100m走」

「……はい」


 1年前のタイムは13秒11。

 高校生の平均タイムは12秒24だ。

 運動神経が悪いわけではないが、約1秒遅い。


 刹那はスタートラインに立ち、とりあえず手首や足首を回し、それらしい素振りをする。

 先生の掛け声により、クラウチングスタートの体勢を取った。

 一呼吸置いて、ホイッスルが耳に響く。


 寝不足のわりには体が軽いな……流れる景色が、前より速く感じる?

 100mを走り終えると、僅かに「おおー」と声が聞こえた。


「12秒02か。結構なタイムだぞ? 月代」

「マジですか」

「変な薬、やってないだろうな?」

「いやいや」


 特に鍛えたわけじゃないんだけどな。成長期か?

 刹那は、なんとなく屈伸を繰り返し、そんなことを考えていた――

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