第4話 衣美津姫

 体育館では、上利雪絵の行方不明事件に対し、緊急の朝礼が開かれ、注意喚起が行われていた。


 龍生は休みか。

 緊急の朝礼以外、刹那にとっては何気ない1日が始まり、終わりを告げた――



 友加里がいつも観ている夕方の番組も、行方不明事件にタイムテーブルを割き、番組内容の変更により『プリンス・シキの明日の占いは、お休みさせていただきます』というテロップが流れた。


「残念だったな、友加里」

「そうでもないよ。公式サイトには、しっかり記載されてるからね」

「しかし、プリンス・シキって、自分のこと王子様なんて……」


 待てよ。プリンス・シキって、王子シキだよな……昨日、出会った龍生の友達は、シキオウジだったけど。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 まさかね……


 刹那は自室に戻ると、異界領域オンラインを開く。

 しかし、ログインしてフレンド情報を覗くと、2人はオフラインになっていた。

 しばらく時間を潰して待っていたが2人は現れず、刹那はメインシナリオを進めようと考えた。


 メインシナリオ衣美津姫いびつみひめか……

 衣美津姫とは、渦深神うずみかみの一柱であり、その土地を守護する経典、土地神原書に登場する女神だ。

 浄化の女神であり、その土地の不浄溜まりを浄化する役目を担っているという。


 偶然にも、黄葉長丘町に衣美津姫を祀る神社が存在している。


 異界領域オンラインには、こうした実際に存在する伝承や伝奇を元ネタにしているようだ――


 前回と同じように、ラファエルからの依頼から始まりシナリオが表示される。


 フィールドにあるヤツデ駅に、広範囲の異界領域が発生し、乗車していた人間が飲み込まれた。

 衣美津姫は、妬みや恨み、無念など、人間から湧き出る負の感情を浄化するため、生物の生死を問わない。

 このままでは、浄化された人間は現世に戻れず、存在自体が消えてしまう。

 実在した人間の存在が消えてしまえば、理を歪めることになり、現世に予測不能な事態が引き起こるそうだ。


 推奨レベルは8から10か。

 セツナのレベルは、前回のレベル8から馬頭鬼戦を経て10へと上がっていた。


 名前……<セツナ>

 性別……<男>

 属性……<風>

 LV……10

 HP……<158>

 MP……<62>

 体力……<15>

 霊力……<12>

 腕力……<14>

 知力……<14>

 速さ……<23>

 秘力……<11>


 武器……清められた木刀<攻撃力8>

 防具……交通安全のお守り<防御力3>

 攻撃……22

 防御……18

 剣技……斬閃<威力10>

 霊撃……無し

 精霊……風の精霊イフリーナ<風魔法の与ダメ2%アップ>

 守護……無し

 さっそくセツナは、フィールドに飛び出し、メインシナリオが開始されるヤツデ駅へと向う。

 ヤツデ駅に入り、停車している電車に乗り込んだ。


 車内にはNPCはが5人。

 それぞれ『ダイキ』『リュウ』『シュン』『ユイ』『老人』と表示されている。

 赤い吹き出しに、三点リーダーが表示されている『ダイキ』に話し掛けるとシナリオが開始されるようだ。

 他の4人には白い吹き出しに三点リーダーが表示されている。

 こういうのはやはり、1人1人と会話をしたくなる。


 リュウとシュンは、ダイキとは違う制服を着た男子高校生。

 ユイは女子高生のようだ。

 3人は異界領域に飲み込まれ、あたふたしている。

 老人は、ダイキが危うい思考の持ち主だと警告していた。

 最後にダイキだが、次の駅で行方不明になった同級生を探している内に、異界領域に飲み込まれたようだ。


 すべて読み終え、左クリックを押すと、メインシナリオが開始された――



 発車を告げるベルが鳴り、ゆっくりと電車が動き出す。

 ドア上部にある電光掲示板には、次の駅、カエデ町駅まで約6分と文字が流れていた。

 電車はスピードに乗り安定して運行していたが、カエデ町駅に着くまでの間に、ある違和感に気づく。


 カエデ町駅に着く気配がしない。


 突然、甲高いブレーキ音が鳴り響き、徐々にスピードが落ちて行くとゆらりと電車は停止した。

 次第に騒めき始める車内。それを静めるかのようにアナウンスが流れる。


 どうやらカエデ町駅で停電が発生し、点検作業の為に一時運転を見合わせるという内容だった。


 既視感があるな、これ。

 セツナは天座駅の停電騒ぎを思い出したが、このゲームは2年前にサービスが開始されている。

 それに、シナリオも序盤ということもあり、ただの偶然だろうと思い直した。


 マップは馬頭鬼の時より、僅かに複雑化した程度だ。

 まずは、吹き出しの出ている『ダイキ』に話し掛けた。


 ダイキ<電車の動き出す気配がない。手動でドアが開くドアコックを使うか……>


 ダイキは車両右側のドアを、ドアコックを利用して開いた。

 それに同調した老人を除いたNPCたちが、車外に出て歩き出す。

 意味ありげに残った老人に、セツナは話し掛ける。


 老人<ダイキ……彼は自分が映画や漫画のヒーローになれると思っている。君はどうだ? このまま動かなければ、元の世界に戻れるが?>


 なんだ、途中退出も可能なのか。

 老人は手に入れたアイテムは破棄されるが、退出できる救済キャラのようだ。

 セツナはシナリオを進めるため、車内を出て異界化した線路内を移動する。


 通路やフロアに現れるのは、鵺や餓鬼といった妖怪が多い。

 特に鵺は物理攻撃を確率反射してくる。

 何度か死にかけたが、魔力耐性は低く、ダメージ幅によっては、イフリーナの魔法で一撃で沈む。


 駅構内に辿り着くと、ムービーが流れる。

 衣美津姫の従者と名の付く者が現れ、ユイの頭を掴むと唇を貪り、精気を吸い取られる。

 ユイの髪は抜け落ち、最後には全身が干からびて絶命してしまった。


 戦闘が始まると、チュートリアルが表示された。

 この敵は、吸収と増幅を使用する。

 魔法を確率で吸収し、増幅して撃ち返してくるようだ。


 セツナはイフリーナの設定をアクティブからノーマルに変更して、風魔法の頻度を落として、戦いに挑んだ。

 それでもイフリーナは、ほど良く風魔法を撃つ。

 従者はそれを吸収、増幅して撃ち返してくる。

 最初は躱していたが、ジャストガードする事によりカウンターを発動させると、かなりのダメージを与えられることに気づいた。


 流石は序盤の敵。

 セツナはタイミングを掴むと、イフリーナの設定をアクティブに戻し、カウンターを発動させまくり、従者を難なく倒した。


 駅構内が探索可能になるメッセージが表示され、セツナは先を進んだ。


 鵺や餓鬼の他に恙虫つつがむしという敵が追加された。

 攻撃判定が小さく、数も多い。

 特にHPを奪う吸血が厄介だった。

 近づかれる前に、斬閃や風魔法を駆使して倒していく。


 さらに奥へ進むと、道中にリュウとシュンの死体が転がっていた。

 その近くには、恙虫がわらわらと集まっている。

 戦闘にはならない演出だが、いい気分はしなかった。


 これでNPCは全滅か……残るはダイキだけだな。

 セツナは、その後も通路やフロアを抜け、ボス部屋手前へとたどり着いた。


<禍々しい気配を感じる。扉を開けますか?>


 もちろん、開けるに決まってる。

 セツナは躊躇なく扉を開けると、ムービーが差し込まれる。


 ダイキ<そんな……ミヤビが……>

 ミヤビ<愚かなり、小童こわっぱ


 ダイキの胸には、ミヤビと呼ばれる女生徒の右手が突き刺さっていた。


 ミヤビ<そこのぬしも、小娘を助けに来たのかえ?>

 ダイキ<やめろ! お前じゃない!>


 なるほど。このミヤビというキャラがダイキの探してた同級生。

 そして衣美津姫が憑依して、ダイキを襲った感じか。


 今回は出現演出はなく、流れで戦闘に入った。

 ミヤビのHPバーの他に、ダイキのHPバーも表示されている。

 攻撃を仕掛けると、右手に刺さったままのダイキを盾にしてくるミヤビ。

 その度にダイキノHPが減少していく。


 むっず! こんなん、ダイキのHPを削り切ったら失敗になるだろ。

 セツナはしばらく攻撃していたが、その手を緩め距離を取って逃げる。

 何か手はないか?

 セツナはフロア内をぐるり回り、ギミックのような物を探したが見当たらない。


 その隙にフロア端の追い詰められたセツナは、ミヤビの攻撃を受けてしまった。

 その時、右手からダイキの体が抜けそうな挙動を見せた。


 わかった。さっきの攻撃を誘って、ダイキを抜き落とすんだな!

 ミヤビの強攻撃を誘う為に近づき、攻撃が来ると回避ステップを繰り返し、空振りをさせる。


 そういや、移動ボタンを二回早押しで回避できるんだった。

 やがてダイキが抜け落ちた。

 心置きなく攻撃できるようになったセツナは、全力でミヤビにダメージを与え続ける。


 ミヤビ<……まさか、渦深神である我をほふる者がいようとはのぅ>

 ダイキ<お前じゃ……お前じゃないのにぃ!!>


 その言葉を残してダイキは息を引き取り、ミヤビの体からは衣美津姫であろう霊体が浮上し、消えていく。

 残されたミヤビも憑依の影響なのか、しばらくして肉体が朽ち果てていき、白い砂へと変貌していった。


 衣美津姫の浄化じゃないけど、実在した人間の存在が消えてしまい、理を歪める結果に繋がったな。

 次のシナリオは、このことがきっかけになって、現世に予測不能な事態が引き起こりそうだ。


 少しでも次のシナリオに触れようと思ったが、PCに表示されている時刻を確認すると、慌てて寝る支度をする刹那だった。

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