第3話 馬頭鬼

 建設予定地に生えている雑草。

 それを横目に、桧山拓斗ひやまたくと阿華瑠あかる高等学校へ向かい、通い慣れた通学路を歩いていた。


 阿華瑠あかる高等学校。この学校は、渦深神うずみかみに属する女神、阿華瑠御土命あかるみづちのみことを祀っていた境内跡地に建てられた学校だ。

 その名残として一軒家ほどのやしろが、本校舎裏のフェンスを隔てた場所にあり、開校中であっても、一般人が参拝に来る。


 時間に余裕を持って登校した桧山は、正門を抜けると、下駄箱で上履に履き替え、生徒も疎らな廊下を進む。

 頭上のネームプレートに2-Aと表記された、窓枠のあるスチール製のドアを開け教室に入った。


 桧山の席は運動場の見える窓際の一番後ろだ。

 阿華瑠と刺繍されたリュックサックを机横のフックに引っ掛け、机に肘を着くと、空に浮かぶ朝月を眺めていた。


 しばらくすると、スマートホンに着信音が鳴る。

 相手は上利雪絵あがりゆきえ、同じクラスの女生徒だ。


 上利は元気で明るく、ミルクティー色に染めた髪がトレードマークになっている。

 バランスの良い魅力的な目に、小柄な身長と、男女問わず人気のある女生徒だ。


 そんな上利に、桧山は淡い恋心を抱いていた。


『おはよう、拓斗! 今、電車が停電で動かないんだ!』

『それは災難だな』

『ほんとそれ。アナウンスじゃ、しばらく時間が掛かりそうだからこのまま帰っちゃうかも』

『了解。帰るなら気をつけてな!』


 通話を終えた桧山は、リアルタイムで情報が流れるSNSで、列車状況を確認する。

 停電復旧の目途は立っていないようだ――



「明日のラッキーアイテムは“焼き魚”です。プリンス・シキの今日の占いでした!」


 だから、焼き魚はアイテムじゃない。


 友加里がニュース番組を見ている。その隙に洗面所を占領し、風呂に入ろうとシャツを脱ぎはじめた。


「お兄ちゃん、これ見て」


<……行方不明となっているのは、阿華瑠高等学校に通う二年生、上利雪絵さん17歳。天座跡駅付近には学生証が見つかっており……>


「行方不明事件なんだけど、昨日のことなんだよ」

「それがどうかしたのか?」

「時間帯が停電と重なってるんだよ」

「停電で電車が止まってた時間帯ってことか?」

「うん」


 テレビ画面には見慣れた制服を着た、女生徒の映像が流れている。


「お兄ちゃん、通学中に見たことある?」

「制服は見たことあるけど、顔はないな」

「可愛い人だし、誘拐かも」

「友加里も気をつけろよ?」

「それって、私も可愛いってこと?」

「あほか」


 気になるがいつまでもテレビを見ているわけにはいかない。今日も、異界領域オンラインをするためだ――



<セツナ、馬頭鬼めずき寺の境内跡地に異界領域が発生しました。>

<巻き込まれた人間がいます。救出してください>


 メインシナリオでは、徐々に天の戦いが始まる予兆が現れ始めていた。

 シナリオを開始すると、ソロかパーティーを組む選択肢が表示される。


 パーティーを組もうにも、リュウセイは来てない。

 初ボス戦だけど、序盤なら1人でも大丈夫だろう。

 セツナはソロを選択した。


 ローディング後、専用フィールドに転送されたセツナ。

 そして、ギミックのチュートリアルが、小窓に表示される。

 基本的に各フロアには魔物が出現し、全滅させると、次のフロアへ続く扉が開く仕様だ。


 馬頭鬼寺の境内跡には3つのフロアがあり、マップでは通路で繋がっている。

 まずは、北へ進み1つ目のフロアに入った。

 地面から魔法陣が4つ現れ、魔物が出現した。


 敵キャラの上部には、ライカンスロープと表示され、そのすぐ真下にHPバーがあった。

 セツナは連撃を重ね、斬閃を放つ。

 やはり隙が生まれ、割り込んだライカンスロープの打撃を受けた。


 距離を取り、溜め歩きをしながら、ターゲットを絞り、攻撃を放つ。

 怯んだところに連撃を加える。

 このパターンで、フロアをクリアした。


 次のフロアへ続く通路を、さらに北へ進むと、2つ目のフロアに入る。

 同じように、ライカンスロープが4体と、バンシーという新たな魔物が出現した。


 前のフロアと同様、溜め歩きながら攻撃を放ち、連撃でライカンスロープを倒していく。

 バンシーは一定の距離を取ると、体が赤くなり、叫び声をあげた。

 波紋のように広がる、赤い衝撃波に触れると、動けなくなった。


 麻痺攻撃かよ。

 チュートリアルでは、ガードをすると防げたはず。

 HPを少しづつ削られながらも、最後は斬閃で倒した。


 ヤバいな、回復アイテム忘れてる。

 まぁ、お試しということにしておこう。

 セツナは最終フロアへたどり着いた。


<禍々しい気配を感じる。扉を開けますか?>


 一応、引き返せるようだが、ここまで来たらやるしかない。

 セツナは扉を開けると、出現演出がカットインした。


<ふひひっ! この馬頭鬼、大天使様に自由にして良いと言われておる。喰らうぞ、喰らうぞ、オナゴを喰らうぞ!>


 黒い沼から現れた馬頭鬼は、戦闘開始と同時に、螺旋状の衝撃波を飛ばしてきた。

 セツナは咄嗟にガードしたが間に合わず、HPを大幅に削られ敢えなく倒れた。


 その後、回復アイテムを持ち再挑戦したセツナだが、回復量が追いつかず負ける。


 しばらく放置して攻略サイトを覗こうとした時、個人チャットにメッセージが入った。


 誰だろ。キャラ名は……シキオウジ?


<こんばんは。突然のチャット、ごめんなさい>

<どちら様ですか?>

<中学時代の、リュウセイの友達です。高校は違うけど>

<そうなんですか>

<リュウセイからセツナくんのことを教えてもらって。フレ登録いいですか?>

<いいですよ>

<信じてもらえて、よかった>


 2人はフレンドになった。


<何か手伝いましょうか?>

<その前に、敬語をやめましょう。同い年だし>

<そうですね>

<さっそくだけど、馬頭鬼が倒せなくて>

<馬頭鬼戦は、初見殺しみたいなとこあるからね。セツナはゲーム開始時に、戦闘チュートリアルしたの覚えてる?>


 連撃に溜め攻撃だろ……あとは、ガードと回避。

 セツナは、そのチュートリアルを思い出してみる。


<もしかして、ジャストガード?>

<正解。ジャストガードからガードカウンターに繋がるから、あの衝撃波、跳ね返せるよ>


 敵の攻撃に合わせて、タイミング良くガードすると、自動的にカウンターを放つことが出来る。

 放出系の攻撃の際は、跳ね返すことも可能だった。


<ありがとう>

<セツナは説明書見ないでゲームするタイプだね>

<たしかに>

<悪いことじゃないからね。感覚で勝負するのって>

<いまから試しに行きたいんだけど>

<今日は、挨拶しようと思ってただけだから行っていいよ。あと、イフリーナの設定をフリーからアクティブに変えると、攻撃頻度が上がるからね>

<ありがとう、行ってくる>


 セツナはタイミングを掴むため、死に戻りを繰り返す。

 そして、4回目の挑戦でやっと馬頭鬼を倒した。

 NPCを助けると、経験値が入り、レベルが10に達した。

 いつものようにパラメーターに振り分ける。


 そういえば、フレになるとフレンド状況からステが見れたはず。

 シキオウジのパラメーターを確認してみるか。


 名前……<シキオウジ>

 性別……<男>

 属性……<雷>

 LV……45

 HP……<190>

 MP……<89>

 体力……<31>

 霊力……<36+3>

 腕力……<26+3>

 知力……<45>

 速さ……<31>

 秘力……<29+3>


 武器……雷狂命らいきょうのみこと<攻撃力100・腕力+3>

 防具……豊穣の軽鎧<防御力60>

 攻撃……129

 防御……91

 剣技……武御雷たけみかずち<威力15・使用後の5秒間、雷属性の与ダメ10%、クールタイム10秒>

 霊撃……雷鏡らいきょう<威力20>

 精霊……ライフリート<雷属性の与ダメ2%アップ>

 守護……72柱アスタロート<霊力・秘力+3>


 リュウセイより強いのか……

 セツナは、ゲームの中のことだと理解しつつ、少しだけ憧れをいだいた。

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