第27話 幕間2
「今宵の月光も、美しいですわ……。わたくしを輝かせるのに相応しい……。ふふふ……。夜闇の中、光を独占できる贅沢が許されるのはわたくしだけでしてよ?」
「あ、こんなところにいた……。東宮寺さん、お取込み中のところすみません……。もう事務所閉める時間なので……」
「あら? もうそんな時間でして?」
「はい……、ですので、その……」
「えぇ、えぇ。分かっていますわ」
事務所のバルコニーにてパゴダ傘をさし、月光にあてられた自分自身に酔い痴れていた千代子は、たおやかな所作で傘を閉じ、室内へ戻って来た。
だがしかし、帰り支度にはすぐさま取り掛からず、挙動不審にびくびくする職員を無視して打ち合わせ用のガラステーブルまで一直線に突き進んだ。
そこには放置していた千代子のパソコンがあり――、
「……再生回数は上々。流石はわたくしですわ」
先ほどアップロードしたばかりの楽曲の反応を、スクロールして確認し、ご満悦な表情で数度頷いた。
一時間で五十万回再生。
高評価数は既に六万を突破。
コメントは千を超えている。
千代子の自信に一片の自惚れなどなく、ただ純然たる事実として自らを誇り、自らを評価していた。
(せっかくですわ。最後まで聞いてから帰りましょうか)
されど、突如として。
千代子の楽曲を流し続けていた室内に、異なる音源が響き渡る。
反射的に、千代子は音の出所へと視線を向けた。
「あ、あわわわわ……」
音の出所は、壁際で立ち尽くしていた先ほどの職員だった。
ペンダントライトの微かな光源に頼る室内で、職員の顔がスマホの画面に照らされている。
「すすす、すみません! じゃ、邪魔するつもりはなかったんです! 本当にただ、時間を確認して、ほんの出来心でSNS開いちゃって、職業病と言いますか趣味と言いますかバズってる子がいて確認したくなってしまいまして!」
スマホを両手で胸に押さえつけ、必死に幾度も頭を下げ続ける職員とは対蹠的に、層一層、千代子の眼光は鋭利になった。
いくらすることがないとはいえ、わたくしの楽曲を差し置いて他人の楽曲を聞こうとするだなんて、礼を失しているとしか言えませんわ。
それに――。
もしプロの職員相手に、そうさせてしまうような人間が実在するのであれば、それこそ危険。つい聞きたくなってしまうような、歌以外の要素も持ち合わせた人間はいつか自らの障害になると、千代子は常日頃より考えていたのだ。
「……バズってる子、ですの?」
「は、はいぃ! も、勿論、東宮寺さんほどではなく、動画サイトでもない雑多なSNSでの投稿ですが、現状、二百三十万回再生を超えていまして、いいねの方も七万ほどついておりまして……」
職員がまごついて話した内容に千代子は威圧的なオーラを更に強めるも、表情だけはにこやかに取り繕って、職員へ片手を差し出した。
「もし?」
「は、はいぃ!」
「そのスマホ、貸していただけるかしら♡」
「えっ、あっはい! どっ、どうぞ!」
小走りに近寄ってきた職員からスマホを受け取り、問題の投稿を眺める。
(確かに……。再生回数も、いいねの数も、伸び続けてますわね……)
絶賛大バズり中の『天才少女、横浜で発見』という投稿自体は、その場で歌っている少女とは縁のない人間による投稿であると、リプライ欄を見るなり即時理解した。
(動画が悪いのか、ぼやけて顔が見えませんわね……。バズった理由は、シルエットだけですの……?)
だが。
何の気なく、ただ当然と動画をタップし、音を耳にした瞬間――。
「うそ……、ですわよね……?」
ClearFlour。真っ先にその名前が頭をよぎった。
ありえませんわ、こんな、こんなこと――。
スマホを持つ手から力が抜け、スマホは重力に逆らうことなく床と衝突する。
職員はムンクの叫びのごとく青ざめていたが、千代子はそれを無視し、震えの止まらぬ自らの肩を抑え続けていた。
だって、ほんとに――、いいえ、でも――、
(――わたくしが、ClearFlourを聞き違えるはずありませんわ‼)
引退したはずだと思っていた、その歌声に。
天才無比の千代子が唯一恐れた、その歌声に。
千代子は獰猛に頬を釣り上げ、窓の外の更に向こうを眼光鋭く睨みつける。
「盗作家さん風情が……。いいですわ……。この天才、東宮寺千代子が全力を持って相手になって差し上げましてよ!」
パゴダ傘を正面に突き出して、「ふふふふふ」と邪悪な笑みを零し続ける。
千代子のオーラは夜をも呑みこみ、室内の薄明りを凶暴な闇で覆いつくした。
透華と神音 たまゆら青春音楽譚 雪海 @yukiumi
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