第26話 飛躍

 神音が復調した日の朝。

 透華と神音は、学校の中でも特に人気ひとけのない踊り場で互いに向き合い、暫しの間、相手にかけるべき第一声を探していた。


「その……、透華先輩‼ この間は本当に‼ 本当の本当に、すみませんでした‼ 神音、一生の不覚です‼」

「……ううん。……その、私の方こそ、ごめん」 


 体調不良になってしまったこと。路上ライブに行けなくなってしまったこと。

 体調不良にさせてしまったこと。路上ライブの舞台を無断で奪ってしまったこと。


 神音は、自らの額が膝の皿に付きそうなほど頭を下げ、透華は、自らのバツの悪さから視線を逸らし、首に手を当てた。


 数秒の沈黙が、二人の間に流れる。

 中に舞う微小な埃は朝日を反射し、踊り場を燦と輝かせた。


「あ、あの――」

「あ、あのさ――」

 

 沈黙に耐えかねた二人が、互いに顔を相手へ向けて声を発したと同時――、

 

「あっ! 柊さん! 探したよー!」


 楽し気な笑みを浮かべたなーちゃんが、手すりに置いた手を滑らせながら、階段を駆け下りてきた。


「あっ! 神音ちゃんもいるー! ちょーど良かったぁー」


 踊り場へ下り切る数段前に軽くジャンプしたなーちゃんは、スカートの裾をふわりとさせる。

 

 突然の横やりに、神音と同様、透華は目を丸くして恐る恐る要件を尋ねた。


「なーちゃん……、さん?」

「もー、なーちゃんでいいよ! 私たち、もう友達でしょ? ……あっ、そっか! 私も透華ちゃんって呼ぶね!」


 なーちゃんが人差し指を立てて可憐にウインクすると、一瞬、なーちゃんの目尻から星が流れて煌きを放つ。

 

 透華と神音は未だ唖然としていたが、なーちゃんは全く気にせず、それどころか、「あ、そうだそうだ。忘れるところだった!」と二人の理解を置き去りにして、自由気ままにポケットからスマホを取り出した。


「これこれ! これ見てよこれ!」

「な、なに……?」

「何でしょうか……」

 

 らしくもなく、戦々恐々となーちゃんのスマホの画面を見る二人だったが――、


「なに、これ……」

「え、う、え……、えぇええええええええええ‼ ほんとですかこれ‼」


 流された動画を見て、透華は絶句し、神音は目を輝かせる。


 そこには、日曜日の透華がいた。

 二百を超える人々に層状に囲まれながら、全身全霊で歌い切り、横浜駅一帯に熱狂の大旋風を巻き起こしたあの透華が――。


 『天才少女、横浜で発見』と題された投稿は、既に五万いいねを超え、動画は百万回以上再生されていた。


 端的に言おう。

 SNS上の見も知らぬ人の投稿によって、透華はこの上なく良い意味で、注目の的になっていたのだ。


 

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