第24話 当日2
「今、なんて……?」
「神音、熱が出ちゃったみたいで……、その……、はは……」
スマホ向こうからの空元気な笑いに、透華はギリと奥歯を噛む。
39度6分。
神音は、疲労による高熱だった。
そんな体調で歌えるわけがない。起きていることさえ辛いはずだ。
嘘であって欲しかった。嘘だと言って欲しかった。嘘でなければならなかった。
あれほど、休みは取るよう伝えてたのに。家での練習も控えるよう伝えてたのに。
たかが路上ライブ。
練習で体を壊してしまっては、本末転倒だ。
どうしてあの子は、ああまで熱く――。
(……いや、違う。柄にもなく熱くなってたのは――私だ)
気づいてしまった瞬間、肩に入った力は立ちどころに霧散した。
あの子が無理をしている兆候は、確かにあった。
でも、その無理に気づいて尚、それを見過ごしたのは私じゃないか。
そうだ。私は、あの子の無理に気づかない振りをしてしまった。
路上ライブをしてみたい。ただそれだけのために。
こんなどうでもいい私情のせいで――。
自分が歌うわけでもないのに――。
(……ばかみたい)
あの子を勝手に、過去の自分と重ねて――。
この不測の事態は、私が招いてしまった。
こんなにも熱くなって……、何してんだ、私は。
私はあくまで、あの子のサポート役。舞台の黒子でしかない。
その黒子本人が、舞台の主演を潰す?
こんなの、笑い話にもなりやしない。
そもそも私は、音楽の世界から去った身で、諦めた身で、二度としないと誓った身で――。
透華の頭に、 『中止』の二文字が浮かんだ。
「なに、やってたんだろ、私」
「先輩……?」
「……ううん。なんでもない。機材はこっちで片づけとくから」
「はい……。すみません……。本当に、すみませんでした……」
「…………」
声を殺して泣く神音に、透華の後悔は弥増してゆく。
かけるべき言葉も見つけられず、透華は口を噤み続けた。
二人の間を漂う沈黙が、自発的に通話を遮断してくれると願って。
「…………じゃあ、また」
しかし、そのような超自然的な現象が起こるわけもなく、透華は当たり障りのない言葉だけを伝え、通話を終えた。
「……ふぅ」
一息吐き、透華は辺りの喧騒に意識を向ける。
息苦しい人混みは相変わらずで、常に人が流れ続けていた。
がしかし、透華の周辺だけはぽっかりと穴が開いたように誰も寄り付いてこない。
開演まで残り四分。
幸か不幸か、お客は誰一人として来ていなかった。
「宣伝すら上手く出来てなかったなんてね……」
透華は自身を乾いた笑いで嘲笑し、我知らず肩を落とす。
底の見えない深い息を吐き出すと、機材の方へ振り返った。
「……帰る準備しないと」
業者にはまたワンボックスを出してもらって……。
あとマイク類を片づければ……。うん、多分、大丈夫……。
脳内でブツブツと思考しながら、透華はマイクに手をかける。
業者が来るまで大型機材は動かせないため、先にマイクとマイクスタンドから片づけることにしたのだ。
ブロンドを涼風に靡かせた透華は、怒りも後悔も感じさせない澄まし顔でスタンドからマイクを取り外そうとし――、『』
「もう、しーちゃん遅い!」
「ハァっ、ハァっ……、なーちゃんが走るから」
「しーちゃんが格好つけて反対側の出口に私を案内したからでしょ!」
卒然と、二人のクラスメイトが透華の目前に現れた。
シフォンスカートに明るく円やかな茶髪を揺らし、腰に手を当て、頬を膨らませている同級生――「なーちゃん」。
パンツスタイルに艶やかな黒髪を垂らし、膝に手を付いて、肩を上下させている同級生――「しーちゃん」。
「柊さん、遅れてごめんね!」
「ハァっ、ハァっ……、まだ、始まってないよね……?」
手を合わせて謝罪をする『なーちゃん』と、不安そうに透華を窺って確認を取る『しーちゃん』。
未だ、何が起きているのか分からなかった。
透華はただただ目を見開き、愕然とする。
二人と、その二人の背後を見つめて――。
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