第13話 決意

「透華先輩‼ 先日の方は誰だったのでしょうか‼」

「普通、昨日の今日で来ないでしょ」

「そんなー。気になりますよ。ねー?」

「ねー」


 さも当然という顔をして、神音はクラスメイトに話しかける。

 いつからか、神音は二年生のクラスに順応してしまっていた。

 そのせいで、私まで目立ってしまう。ほんと、勘弁してほしい。

 透華はあからさまにため息を吐いて、かったるそうに口を開いた。


「本人が名乗ってたでしょ。あれは東宮寺 千代子」

「神音が聞きたいのはそんなことじゃないですー」

「じゃあなに」

「あの人とはお知合いなんですか?」

「…………昔の、ね」


 神音が口尖らせたため、由無く、話せる限りの説明をした。

 思い出したくもない忌まわしい記憶。

 透華は物憂げになって、窓向こうを見る。


 東宮寺 千代子。彼女は生まれながらの天才だった。

 歌に関しても、作曲に関しても。

 彼女に機材を与えれば、数日のうちに名曲が完成してしまう。

 透華が見てきた中でも、屈指の実力者だった。

 

 神音の歌声を持ってしても、恐らく彼女には勝てない。


「……ぱい、先輩、透華先輩っ!」

「……ん? 何?」

「神音の話聞いてました?」

「聞いてない」

「ならもう一度、発表してやろうではありませんか!」


 神音はわざとらしく咳ばらいをすると、卒爾と大手を広げた。


「この神音、東宮寺千代子に対決を申し込みます‼」

「――は、はぁ?」

「盗作家などと、バディを愚弄された以上、神音は引き下がれません‼」

「そ、そんなのいいって」

「いいえ‼ 良くないです‼ 神音は東宮寺千代子に勝たせて頂きます‼」


 歌舞伎役者のような大仰なポーズを取り、終始透華を圧倒する。


「透華先輩は悔しくないんですか!」

「そ、それとこれとは話が別――」

「別じゃないです! 神音は怒ってるんです‼ あんな人に先輩を馬鹿にされて‼」

「それは……」

「なので‼ まずは、路上ライブから始めましょう‼」

「え――はぁ⁈」

「約束通り、先輩は神音のサポートをお願いしますね‼」


 神音は透華の両肩を掴み、鼻息を噴いて意気込んでいる。瞳は流星のように輝き、燃え続けていた。


 神音の言っていることは正しい。

 確かに私は、東宮寺千代子に対して、途方もない悔しさを感じている。やるせなさを感じている。

 けれど同時に、立ち向かうことが如何に馬鹿げているのかも知っていた。

 透華の内側で感情と理性が鬩ぎ合う。


「先輩?」


 神音の話しかけられたことを合図に、透華は決意した。

 力強い双眸で神音を見つめ、答える。


「私は――」

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