第12話 対敵
『盗作家』という言葉に、怖気が震う。
額から滲む嫌な汗は、ねっとりと前髪を接着させていた。
「あらあら、肩が震えてらっしゃいますこと……。もしや、わたくしとの出会いに、心打たれてらして?」
クスクスと笑う彼女の声が聞こえるも、透華は振り返ることが出来ない。
なにせ背後にいる人物は、透華にとっての恐怖の象徴なのだ。
「透華先輩ー! 見て下さい! これ――」
だが、間の悪いことに、小さな機材を持った神音が無邪気な笑顔で近寄って来る。
透華はその間も、一歩として動くことが出来なかった。
「――って、あれ?」
透華に声をかけようとした神音だったが、透華の背後に立ち続ける人物に気づき、数歩離れた位置で立ち止まる。
背後に立つ人物の身長は、神音よりも背の高い透華を優に超えていた。
腕にはパゴダ傘をかけており、胸元まで巻かれた髪には艶がある。
店内の闇に溶け込む黒一色の服装は、身長と相まって周囲に威圧感を与えていた。
神音は女性を一瞥して、未だ微動だにしない透華へ尋ねる。
「透華先輩。このゴスな方は、お知合いですか?」
「なっ――⁈ ゴ、ゴスな方とは失礼ですわねっ! ゴシックロリータというファッションは世界の宝であり、人類唯一の功績でありますのよ⁈」
「あっ、あ~! そっ、そうですね。か、神音も良いと思います……よ?」
「勝手に気を使うなですわ‼」
ぷりぷりと起こる女性に怯みもせず、神音はあははと頭を掻く。
神経の図太さだけで測れば、神音は既にプロ並みだった。
「はぁ……、もういいですわ。所詮、素人に構っても仕方ないですものね」
「――っ」
「あら、盗作家さん? 何か気に障りまして?」
「……盗作家? って何ですか透華先輩?」
パチクリと瞬きをした神音から、透華は視線を受け続ける。
しかし、質問に答えるには勇気が足りず、神音の方を見向きすらできなった。
「神音さん、と言ったかしら。知りたいのなら、このわたくしがお教えいた――」
「――もういい。黙って」
恐怖に震える体に鞭を打ち、限りある力を振り絞った透華は、本能からの命令を無視し、視線だけを強引に動かす。
その形相は、かつてないほどに血温が煮えくり返えっていて――。
顔の向きの差異は僅かなれど、今にも刺し殺しそうな透華の視線を女性に向けるには十分なものだった。
「あらあら。そんなに怒らなくてもいいじゃないですの」
だが、背後に立った女性は、透華の睨みを軽々と受け流した。
それどろこか、まるで対抗するかのように、焦燥と苛立ちにまみれた透華を粛々と笑ってみせる。
「間違っても、また、こちら側に戻って来ようだなんて考えないことですわ」
「そんなの、こっちから願い下げ。あなたと関わることは二度とない」
「口だけは一丁前だこと」
女性はケラケラと笑い、首の角度を上げて、更に高い位置から透華を見下す。
対する透華も気づけば顔を上げており、相手を睨み続けていた。
「……ふふっ。いいですわ。今日のところは見逃してさしあげましょう」
ドス黒いフリルスカートをふわりと翻した女性は、無防備に背中を向ける。
顔だけを僅かに振り向かせると、自慢の巻き髪を左手で凪ぎ――、
「いいですこと? 盗作家さん。あなた程度、このわたくし、東宮寺 千代子の前では塵芥同然でしかなくってよ?」
――千代子は、不敵な嘲笑を零し続けた。
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