第8話 爆発

「もういいかげんにして!」


 朝一の教室に、透華の怒声が響き渡る。

 ストレスが限界を超え、透華は机を叩きつけた。


 クラス中から視線が集まる。

 しかし神音は、寸分たりとも透華から目を逸らさなかった。


「――神音は、諦めません」


 悪びれるどころか正面切って対峙する神音に、透華の怒りは怒髪天を衝き――、


「それがウザいって言ってんのっ!」

 

 とうとう、机を蹴り飛ばした。

 透華の爆発に、クラスの空気が一気に凍える。


 この訳の分からない銀髪が私のところに通い始めて、もう三週間。


 音楽会当日まで一週間切ってるのに。

 曲は決まってないし、練習もしてない。


 そんな状態で音楽会に出たとしても、この子が満足する結果になるわけがない。

 

 だからこそ。

 未だに通い続けるのは、音楽会に参加しない私への嫌がらせなんだ。

 ――我慢の限界だった。


「いい加減にして。私をあなたの我が儘に巻き込まないで」

「いいんですか、そんなこと言って」

「…………。もう、先生に言うなり好きにしていい。覚悟は決めたから」

「そう、ですか……」


 僅かに肩と目線を落とした神音に、透華は冷然と鼻を鳴らす。

 朝のホームルームさえ未だだったが、居心地の悪いクラスに居続ける理由もなく、透華は鞄を肩にかけ、帰宅するために教室の出入り口へと向かった。


「――待ってください」

「…………なに」


 だが、背後の声に呼び止められ、透華は顔だけを気だるく振り向かせると、実直な面持ちを浮かべた神音と目が合った。


 張り詰めた空気の中、一触即発な状態の二人を、クラスメイトたちは静謐に伺う。


「透華先輩。神音は待ってます。当日も。ずっと、ずーっと」

「……私が行かなくても?」

「それは……、神音一人で歌うことになってしまいますが……、それでも神音は透華先輩を待ち続けます。――神音の夢のために」


 透華だけでなく、その先の未来までも見据えた芯のある瞳で、敢然と言い切る神音。


 自身を待ち続けることと、夢を叶えることに如何いかな繋がりがあったのか、透華には甚だ見当つかない。


 だが。

 神音の口から出た『夢』という単語に、透華は反射的に本音を漏らし――


「…………夢は、叶えるものじゃない。見るだけすれば、誰も傷つかない」

「へ?」


 神音の疑問を置き去りにして、透華は教室を後にする。


 今日はこれから自由時間……。

 帰ったら、この前聴きそびれたアルバム聴こ……。


 透華はその日以降――、病欠で学校を休み続けた。

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