第7話 面倒

 週が明けた月曜日。

 普段に増して憂鬱な気分の中、透華は足を重くして登校する。

 だが、教室に入るなり、透華のフラストレーションは早くも急上昇した。


「おっはよっーございますっ! 透華先輩っ!」

「…………」


 自分の席に、見覚えのある顔が座っている。

 背もたれを正面にして逆向きに座った、その銀髪少女は、椅子をカタカタと小さく揺らし、盛大に手を振って透華を出迎えたのだ。


「よかったねー! 柊さん来たよ!」

「はい! 神音は無事挨拶できました!」


 加えて、席周辺のクラスメイトとも楽しく談笑している。

 まるで自身も、さも二年生であるかのように。


 どうして……。待って、状況が分からない。

 昨日断ったはず……。後ろの席の人とは、前から仲が良かった……?

 いや、知ってるわけないし、二年生の階で見かけたこともない……。


 透華の混乱を気にすることなく満ち足りた表情を浮かべる神音に、透華の憂鬱は苛立ちへと変わった。


 自席へ進むほど多々益々、必要以上に足音が鳴る。


「……どいて」

「はいもちろんです! ささっ。温めておきました!」

「……そういうのウザいから」

「いいんですかぁー? 神音にそんなこと言っちゃって」


 口元を隠して笑う神音が、「ねー」と周囲に賛同を求める。

 口々に笑って「ねー」と返すクラスメイトを見て、透華の全身は総毛立った。


「まさか――」

「大丈夫です! 『あのこと』は言ってません!」

「『あのこと』って何ー?」

「それは透華先輩と神音だけの秘密です! えへへ」


 クラスメイトの反応で、神音が本当に言っていないのだと確信した透華は、一先ず胸を撫で下ろし、ホッと息を吐く。


 ちらと時計を伺うと、予鈴まで、しばしの余裕があった。 


「……じゃあ、何しに来たの」

「先輩と音楽会に出るためです!」

「まだ言ってるの、それ。私は出ない、絶対に」

「いえいえ、先輩は出ます! 必ず!」

「…………」


 神音の自信は根拠のあるもとだと肌で感じ取った透華は、眉を顰めながらも神音を見続け、無言でその理由を待った。


 対する神音は 「フッフッフ」と勿体ぶって笑い、緩慢に席を立ち上がる。

 椅子を丁寧に仕舞い、透華をビッと指差すと同時、双眸を大きく見開いた。


「――なぜなら! 神音が毎日お誘いに来るからです‼️」


 その姿に周囲のクラスメイトは手を叩き、「おー!」、「神音ちゃん凄い!」、「毎日遊びに来てね!」とそれぞれ囃し立てる。

 

 だがしかし、その中で一人だけ、酷く冷ややかな空気を纏う人物がいた。

 それは当然、刺刺しい眼光を放つ透華の姿で――、


「二度と来るな」


 冷厳な口調と目つきで言い放ち、周囲のクラスメイトを怯えさせた。


 されど――、


「おっはよっーございますっ! 透華先輩っ!」


 命令も虚しく、神音は来る日も来る日もやって来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る