第5話 説得
「ちょっと、こっち来て――」
「ふぇ――」
俄かに教室を飛び出した透華を、クラスメイトは茫然と眺める。
神音の手を引く透華の表情は、蒼白としたものだった。
透華は足元に視線を落としながらも、黙々と進み続け、上履きを鳴らす。
どうして。いつから。職員室にいたはず。なんで屋上なんかに。
まさかスペアキーのことまで――。いや、ありえない。
扉を開ける前にちゃんと周りを確認したんだ。ありえない。
そもそも風の音で声は遮られている。ありえない。
人気のない場所に行きつくと、透華は神音を壁際へ追いやった。
未だ混乱の収まらない中、神音の顔スレスレで、勢いよく壁を殴りつける。
「――何が目的」
「ふぇ?」
「お金? それとも隷属?」
「えっ、えっと、先輩は何を言って――」
「見てたんでしょ。昨日の」
語気を強めて問い詰めると、神音は改まって目をパチクリさせた。
数秒の沈黙の後、話の
「はい! 見てました! だから誘いに来たんじゃないですかっ! 歌姫先輩っ!」
「違うから。私の名前は透華。二度とその名前で呼ばないで」
「えー、先輩が昨日無視したんじゃないですかー」
「…………」
ぶー垂れる神音の正論に、透華は何も言い返せない。
とはいえ。素直に認めたくもなかったため、透華は無視を決め込んだ。
が、神音はお構いなしに話を続ける。
「出てくれますよね? 今度の音楽会」
「まずそれが私には分からない。音楽会って何? 何かの隠語?」
「……インゴ? ってなんです?」
頭に大きなクエスチョンマークを浮かべ、首を傾げた神音。
順序良く話が進まないもどかしさに、透華は片手で、自らの
「あ~、もう話がこじれる。だから、音楽会ってなにって話!」
「音楽会は音楽会ですよ。ほら、今度学校で開かれる、地域協同の音楽会で――」
神音が指さした先を、目だけを動かし確認する。
視線の先に設置されていた掲示板には、『第三十七回 俵屋高校音楽祭』と書かれたチラシが一枚、画鋲で雑に留められていた。
そういえば先週、ホームルームで伝達された気もしなくはないけど……。
透華は神音へ視線を戻し、眼下の神音を威圧するよう鋭く
「……それで? 教室でのは脅しのつもり?」
「……脅しですか? そんなわけないですよ」
「そう? 私には『音楽会に出ないと、勝手に作ったスペアキーで許可なく屋上へ入ったことを学校に報告するぞ』っていう風にしか聞こえないけど」
「えぇ⁈ 透華先輩、いつのまにそんな悪行を⁈」
しまったと、入らぬ汗が頬を伝う。
全てバレてたわけじゃなかったのか……。
しかし、そうだと思い込んだが運のツキ。
神音に白状してしまった以上、もう後には引けないのだ。
不図、神音を見やると、いつの間にか透華を見上げる視線が、親しみから戦々恐々としたものに変わっていた。
「透華先輩、………実は、ヤンキーだったんですか?」
「あなたに言われたくない。自分の髪色、見たことないの?」
「先輩だって金髪じゃないですか!」
「これは地毛。じゃなきゃもう退学してる」
「言われてみれば確かに………って話をすり替えようとしても無駄ですよ!」
ぷりぷりと怒る神音のアホ毛は、ピンと立っていた。
話を持ち出したのも、話を逸らしたのもこの子なんだけど……。
突っ込むことすら億劫だった透華は、壁に当てていた拳を下ろし、大きな溜め息を吐き出す。
「もう……、神音が気づかなったらどうなっていたことか……。――って! はっ、そうだ……!」
しばらくあれこれ言っていた神音だったが、ある時、何かが走ったように目を大きく開眼させた。
瞬間、透華の全身に悪寒が走る。
月並みの高校二年生よりも様々な経験を積んでいた透華には分かる。
こういう悪寒は、総じて嫌な予感なのだと――。
神音はにぃっと嫌に笑って透華を見上げ――、
「透華先輩っ♡ 音楽会に出ないと、勝手に作ったスペアキーで、許可なく屋上へ入ったこと、学校に報告しちゃうぞっ♡」
透華の予感は、見事に的中した。
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