第3話 不運
神音を無視して、職員室を出ようとする。
口を開けて、唖然とする神音。
「え! ちょっと待ってよー!」
「錦戸。まだ話は終わってないんだが」
「なははは……。また今度ということで……?」
「無理に決まっとるだろ!」
「そんなぁ、ご勘弁ですよぉ」
教師に首根っこを掴まれた神音はパーティションの奥へ引き戻される。
そんな神音を歯牙にもかけず、「失礼しました」と言い残し、透華は職員室の扉を閉めたが、ぼやけた騒音は絶えず廊下に溢れ出していた。
陽の射す窓辺に手を近づける。
窓を撫でるように歩きながら透華は小さく息を吐いた。
「……今日は、ついてない」
遅刻に加え、抜き打ちの手荷物検査。更には放課後の時間まで奪われてしまった。
今頃は家に帰って、買ったばかりのCDを堪能していたはず。
再び肩を落とした透華は、階段の前で足を止めた。
下り階段と上り階段を交互に見る。
「今日くらい、いいかな」
上履きをキュっと鳴らして舵を切る。
肩にかけた鞄の持ち手を強く握り、透華は階段を登った。
二階から三階へ。三階から最上階へ。
その最奥にある扉に、鍵を差し込む。
一年生の頃、屋上に入る機会があった際にスマホで撮影して密かに作ってもらったスペアキーだ。学校にバレれば停学どころでは済まないだろう。
当然、理由がある。
「……開いた」
飾り程度の柵だけがある殺風景な屋上。
鞄をドア付近に置き、大きく深呼吸する。
高所であるため風が強く、透華のブロンドを浮遊させた。
「風の音で良く聞こえない……。うん。今日はいいストレス発散日」
夕光を顔に浴び、自分の喉元に手を当てる。
声音のチューニングだ。
「あ、あっ。あーっ。んんっ」
軽く咳ばらいした後、その胸に大きく息を吸い込む。
汗の匂いが漂う学校に、人知れず、透華の歌声が響く。
玉を転がすような、天地を割るような。人の心を震わせる――天才的な歌唱力。
「――――――」
この歌声は誰にも届くことはなく、この時間だけは誰からも干渉されない。
過去を忘れ、溜ったストレスを発散できる唯一の手段だった。
今日は本当についている。
風で全く声が通らない。響かない。聞こえない。
だからこそ――透華は扉付近に潜む気配に気づけなかった。
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