第2回リア充裁判
ひっちがフラフラとした足取りで教室に戻っていると、音楽室の方に人だかりが出来ていた。
「何じゃありゃ?」
見慣れない光景をひっちは不思議そうな顔をして覗いていた。
すると、そこにはたくさん女の子がいるではないか。
「な、何だと!」
ひっちはその中に見覚えのある顔があったことに驚きを隠せない。
なんと、たまさんの姿が女の子たちの中心にあったのだ。
ひっちは当然のごとく嫉妬の炎を燃やす。
「たまさん、おれたちのことを裏切ったのか……」
ひっちは怒りと悲しみが入り混じった表情を見せ、呟く。
「おーいひっち、何黄昏てるんだよ」
「かずやんか、音楽室の方を見てくれ」
「おいっ、たまさんが女の子たちに囲まれてるじゃん!」
「一体どういうことなんだ!」
「詳しくは分からん。ってかたまさんのそばにいるあの子、清華ちゃんと中学から仲のいい子じゃなかったか?」
「ぬわぁぁぁぁにぃぃぃっ!」
かずやんの発言を聞いた瞬間に、ひっちの怒りのギアが一段階上がってしまった。
ひっちのお気に入りの清華に間接的にではあるがお近づきとなっているたまさん。
そんな彼のことがひっちに許せるはずもなかった。
「かずやん、今夜はアレだ!」
「何となく分かるんだが、あれとは?」
「裁きの時が来たのだ!」
「ですよねー」
こうして二度目のリア充裁判が始まろうとしていた。
「ひっちから突然呼び出されたんだけど、みんなは何か心当たりあるの?」
「さあな」
「ひっちの考えは我々の想像の範疇を超えることがよくあるからな」
たまさんの質問にあくまで白を切るかずやんとだーいし。
(たまさん悪く思うなよ。お前が踏み入ってはならぬ領域に入ってしまったんだからな)
かずやんが陰でこっそりとほくそ笑んでいた。
(たまさん、らしくないな。こうもあっさりと我々の術中にはまってしまうとは……)
だーいしもだーいしでこっそりと笑みを浮かべていた。
「二人ともいいから行こうよ、そうすればひっちも気が済むだろうし」
たまさんが先導し、かずやんとだーいしもそれに続く。
三人はひっちの家の前までたどり着いた。
その時だった。
「おお、たまさんか! よくぞ来てくれた!」
「そ、その恰好は……」
ひっちは何故かメガネに口ひげをつけた出で立ちをしている。
そしてたまさんは過去にひっちのその姿を見たことがある。
完全なデジャブだ。
「も、もしや……」
たまさんは何かを思い出し、嫌な予感がしていた。
「まあまあ、こっちへどうぞ」
たまさんが部屋に入ると、セッティングされた座席には裁判長、検事、被告のネームプレートが準備されている。
「うわぁ、これなのか」
「さあ、被告席へどうぞ」
だーいしに案内され、たまさんは被告席に座ることとなった。
目の前のだーいしが検事席に腰かけ、その後かずやんとひっちがそれそれの席に腰かけた。
「静粛に、静粛に! 皆様、揃いましたな。まずはたまさん」
弁護する人間の全くいない裁判が再び今ここに始まる。
「さてはお前、リア充だなああああっ!」
裁判長が被告を指さし、怒りの声をあげる。
相変わらず裁判とは名ばかりの吊るし上げだ。
「やっぱこうなるのね」
被告は冷めた目で会場を見渡していた。
「裁判長、被告は白々しい態度を取ってるみたいだぜ」
「うむ。検事側説明を頼む」
検事かずやんが裁判長をさり気なく誘導している。
「被告は先日音楽の授業後にて女子生徒たちに囲まれ、ちやほやされるという重大な罪を犯しました!」
検事かずやんが語尾を強めて説明している。
その心はひっちと同じく嫉妬心に燃えているのだろう。
「検事側続けてくれ」
裁判長がかずやんに説明を促す。
「それについては被告のクラスメイトであるS氏の証言があります」
「S? 誰だ誰だ?」
動揺を見せるたまさんをよそに、かずやんがだーいしとアイコンタクトを取りながら話を進めていく。
「S氏の証言を読み上げます」
だーいしが咳払いし、証言を読み上げ始めた。
「普段は真面目で落ち着いた彼なんですが、この日はめっちゃ浮かれてました。歌声が可愛かったから女の子に囲まれるっていうので。そしてかなりイキってましたね。僕は正直彼のあんなところ見たくなかったんですけど、いかにもそんな感じがビンビン伝わってきました。僕の知っている彼はもう死んでしまったのでしょうか……」
何故かだーいしが変成器でも使っているんじゃないかという声で読み上げた。
「すごい大げさなんだけど。しかも、読んでるだーいしの声も変だったし」
たまさんは呆れた様子で呟いていた。
「被告は女子生徒たちにちやほやされていただけでなく、同士であるS氏から失望されてしまっている。この我々に対する裏切り行為は筆舌に尽くしがたいものである!」
「「ギルティ! ギルティギルティギルティ!」」
裁判長の大げさでかつ力強い発言に被告は沈黙している。
隣で検事かずやんと検事だーいしが奇声に近い声を上げて有罪を主張している。
言われている被告からしたら、耳をふさぎたくなることは間違いない。
「しかも自分を大々的にアピールしてその地位を不動のものにしようとする傲慢さ、楽しみを独占して分かち合えない自己中心的なスタンドプレイ。いずれにしても許容出来るものではない!」
「「ギルティ! ギルティギルティギルティ!」」
裁判長がそれらしいことを口にして被告を裁こうとしているが、ただ僻んでいるだけなのは誰の目から見ても明らかだ。
その気持ちが検事の二人にも伝染しているのだろう。
ここにいる三人はとにかく被告を裁きたいのだから。
「裁判長、我々はまだ見落としていることがあります!」
「むむっ、説明を頼む」
検事かずやんがなおも責め立てるべく、意見を述べ始めた。
どこからどう見ても裁判長と検事たちはグルだ。
「事件当時被告を囲っていた女性陣についてです。何と、SAMEの清華ちゃんと明乃ちゃんそれぞれの親友がいたとのことです!」
「ぬわあああにいいいいいっ!」
清華のくだりを耳にした裁判長は怒りで耳を真っ赤にしている。
そして、検事かずやんも明乃の親友がそばにいたことに激怒している。
被告はこのまま学校のカワイ子ちゃんたちに接触していくつもりなのだろうか。
「怒ったバンナー! 許さないバンナー! ジェ〇・ム・レバ~ンナ!」
検事かずやんの発言で法廷が一瞬にして凍りついた。
「どういうことですか?」
「オコだよオコ! 激オコなんだよ! 一人だけいい思いしやがってよー!」
冷め切った被告に怒りの炎をぶつけてくる検事かずやん。
場が冷めたところで被告へのヘイトが解消されるわけではない。
「もうさ、極刑でいいんじゃない?」
裁判長が役職にあるまじきぶん投げっぷりを発揮する。
「他の選択肢はないだろうな」
検事だーいしも裁判長の意見に同調している。
「ただ女の子を囲うだけじゃなく、清華たそや明乃たそも狙ってるってことだよね?」
「「ギルティ! ギルティギルティギルティ!」」
もはや被告に逃げ場なしと思われたその時だった。
「異議あり!」
「被告! もはやこれは言い逃れ出来ぬ! 極刑ではないか!」
検事だーいしが被告を強い言葉で追及した。
「一回だけなら偶然かもしれない」
「何だそれは、一発だけなら誤射かもしれないみたいな言い方をしおって!」
被告はいけしゃあしゃあと意見を言い放った。
いい加減な判決に対していい加減な意見、一体どうなってしまうのか。
「もし二回目に同じことがあればこれは実力であり、罪を認める所存です」
被告が真剣な眼差しで弁解の言葉を展開していた。
弁解で若干イキっているが大丈夫なのだろうか。
「では、今回の件被告はどのように考えているのだ」
「ずばり、ラッキーパンチです」
被告が裁判長の質問になおも淡々と答える。
開き直っているのかと思うくらい被告が堂々としているので、周りの三人は若干驚いている。
「ならば、次回がどうなるか見せて頂こうではないか!」
裁判長の下した判決は保留だった。
これには検事の二人が苦い顔をしている。
「被告、ただの時間稼ぎにしかならないことを! 刑の執行まで震えて眠れ!」
検事かずやんが唐突に中二病を発症しだした。
(言ってはみたものの、どうなるんだろ?)
被告は被告でその場しのぎの発言だったようだ。
被告の運命はどうなってしまうのか、その結末は神のみぞ知る。
次の週、ひっちが教室に戻ろうとしていた時だった。
よく見てみると、たまさんが元気のなさそうな顔をしてこちらに向かって来る。
「おお、たまさんじゃん。どうしたんだよそんなしょげた顔して」
「実はね……」
たまさんが説明を始めた。
「音楽の授業ですごく歌の上手い男子が現れて、みんなその人を囲い始めたんだ」
「マジでか! それじゃあ、たまさんの天下はどうしたんだよ?」
「一瞬で陥落だね」
ひっちが驚愕の表情でたまさんの話を聞いていた。
ひっちとしてはたまさんの刑執行よりも、清華と間接的につながることを期待していたのかもしれない。
「まあまあたまさん、世間の流行って変化が速いからさ」
「不条理だね、世の中って」
ひっちが何とかしてたまさんを励まそうと言葉をかける。
その言葉も空しく、たまさんはちょっと納得いかない表情をしていた。
こうしてたまさんのリア充疑惑騒動は終わりを迎えたのだった。
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