第4話 頭を働かせろ!

 窓から体を乗り出し、鏡の破片と共に外に飛び出した。外は中庭に続く場所、僕が窓から飛び降りたのは手入れされた草木がクッションになってくれれば落ちどころが良ければ助かると判断した。


 硝子の破片で無数の傷はついたが、考えた通り2階からでも大怪我することなく落ちることができた。体を茂みから起き上がらせる。しかし思いがけない痛みが左腕を襲う。


「うっ、、、」


大怪我はしたかもしれない。


「高崎、正人。無事か?」

「俺はなんとかな、、、」


正人からの返事はない。ゴブリンから逃げていた時、正人の手首からは大量の血液が流れていたことを考えると今の状況が命にかかわることがすぐに理解できる。


「高崎!正人の止血しないと!」

「ああ、そうだな。」


高崎と正人の位置は少しずれていた。飛び降りる時に高崎が落ちる場所が被らないように正人を飛ばしたのだろう。


 高崎は、正人をを抱えこちらに近づく。そっと、正人を地面に下し高崎は自分の腕部分であるシャツを破いた。手首に向けてきつく締めあげる。正人の意識はもう薄れているのを感じていた。


「うおおおーーー」


 二階からの雄たけびが聞こえる。二階の窓を見あげるとゴブリンが僕らを見下ろしている。敵は、僕らの都合なんてものを気にしていない。もう、僕達には敵にあらがうための武器を所持していない。ここで、降りられてでもしたら、全滅してしまう。


「、、、降りる。」


 また、僕の意識とは関係なく少し先の動きが見えた。周りを確認し、逃げるために次の行動を頭で考える。しかし、中庭は、正門も裏門もない。あるのは、学校を囲むための障壁だけだ。「異能者」の助けを呼べたらと思うがグラウンドとは反対の位置をしており叫んだところで、声は届くはずもなかった。 

 

 もう、学校に入ってから10分以上は立っている。軍も魔物の襲撃に気づいているはず。考えている間に、ゴブリンは軽々と二階から飛び降りる。降りてきたのは、二匹だった。残りの三匹は下りるのを拒むしぐさをしていた。もしかしたら、能力値が彼らにもあるのかもしれない。


「るい。お前正人を連れて、逃げろ。」

「何言ってんだ。それじゃ、お前が、」

「考えてみろ。俺は、一匹蹴り飛ばしたんだぞ。三人がここで消えるより、確実に助けを求める方がいいだろ。」


 僕の肩を軽くたたき、笑顔を見せる。言っていることは、正しかった。だけど、また僕は親しい誰かを見殺しにして自分だけ逃げるなんて嫌だった。一人だけ残される気持ちも知らないで。


「無理だ。僕がおとりになるよ。だって!!僕じゃもう1匹に追いつかれちゃうよ、、、だから高崎魁、お前が正人を抱えて逃げろ!!!」



僕は、無謀にゴブリンに向かって走り出す。それと同時に、高崎は正人を抱え走り出す。警戒を強めるゴブリンは、武器を向ける。今の僕なら少し先の彼らの行動が手を取るようにわかっていた。次の動きに合わせ、スライディングをする。彼らの足にめがけて手を伸ばし、二匹のバランスを崩す。バランスを崩し倒れたのは、一匹だけだ。


 もう一匹はバランスを保ち、体制を崩した僕に向かって刃物を振りかざした。切れ味のいいとは言えない刃物が自分を守ろうとした腕を切った。


 腕を切り落とされるわけではなかったが、深い傷を負った。もう一匹も、立ち上がり僕に向かって襲い掛かろうとしていた。もうだめだ。あきらめたその時だった。


 風を切る速さで、ゴブリンの振り上げた腕を切り落とした。目の前には、黒い服を着用した二人の男女がそこに立っていた。


「坊や。大丈夫かい??」


 一人は、僕に優しい声で話しかける30台前後の大柄な男性だった。髪を短髪にしており、困り眉をした男性はそっと僕を抱えそこから退散するように動き出した。


「そっちは、よそしくね。メイちゃん。」

「ダルマ。その呼び方辞めろ。」


 小柄な体型に黒髪のツインテールを揺らす少女が乱暴な言葉づかいで大柄な男性をののしる。しかし、少女の動きは素早く二つの短い短剣を使いゴブリンを蹴散らしていく。簡単に一匹を倒すと、もう一匹のゴブリンは慌てたようにその場から逃げようとしていた。


「くそごみが。」


 少女の華麗な動きに少し見ってしまった。


「あの子、口が悪いからね~でもかっこいいでしょ?」


 少女に向ける視線に気づいたのか彼は、僕に話しかける。優しい雰囲気を醸し出す彼の表情はとても笑顔だった。


「あっ、はい。」

「そんな、おじけづかなくてもいいよ!」


 少し笑いながら、悲しそうな顔を見せた。この人、見た目のゴツさと違って表情がコロコロ変わるな。


 今まで、痛みがなかった傷たちが痛みだす。抱きかかえられながら揺れる振動で切られた腕と二階から降りたとき痛かった部分が悲鳴を上げるように痛みを増していく。


 グラウンドには、先生や生徒だけでなく火を消していた消防士たちもそこにはいなかった。きっと、避難したに違いない。あったのは、ゴブリンたちの死体だけだった。


「あの!高崎たちは??」

「うん。彼らも保護したよ。でも、1名は手遅れで助けられなかった。すまないね、、、」

「その一人って?」

「まだ身元の確認はできていないが制服の下に赤いパーカーを着ている子だったよ。」


 頭に浮かんだのは、緒方だった。明るい性格と馬鹿正直なところのあるいい奴だった。彼の記憶が僕の頭の中に流れてくる。今泣きそうな顔をしているのだろう。下唇を嚙み締め涙をこらえようとした。しかし、溢れてくる涙をこらえれる筈もなかった。


その光景を目にする大柄の男は、何も触れることはなかった。


 学校を少し出ると、救急車とは少し違う大型の車が止まっていた。軍の保持している車だと瞬時に気づいた。


「彼をよろしく。」


そう言って、大柄の男性はまた学校に戻っていった。

僕は、ベットに寝かされ傷口を手当てされる。消毒液で、傷口がししみる。深く傷をつけられた腕も止血をしていく。


「いっ、、、」

「痛いね。頑張って耐えてね。」


 優しそうな女性が僕の治療にあたり、体の傷を隅々まで確認していく。一つ一つ丁寧に確認され色が変色している部分を強く押され痛みが走った。


「いったー!」

「ごめんね。」


 紙にペンを走らせ何かを書いていく。


「君、これ折れてるね。病院に今から運ぶからね。」


テキパキとした動きに、少し圧巻されながら病院へと運ばれていく。その間、点滴の揺れの動きを見ながら痛みに耐える。やっとのことで、病院に運ばれたが傷口もひどく粉砕骨折をしていることで今すぐ治療を受けることになった。


 治療も数時間で終わり、現在は病院のベットで眠っていた。



 

 日差しが差し込めると自然と目を開けた。時計は1時を指していた。僕のベットの隣には一人の女性が座っている。薄茶色の長い髪を揺らしながら僕の手を握る女性は僕の姉である二階堂あかねだった。心配そうな顔をこちらに向け、僕が目を開けたことに気づきそっと抱きしめた。


「るい!よかった。」


しかし、少し触れただけで僕の傷口が痛みだしていた。


「姉さん、ちょっと痛いかな、、」


 痛みを訴えたが姉さんが僕を離す様子はなかった。逆により一層抱きしめる力を入れていた。さすがに、痛みに耐えられず動く方の腕を使い姉を押し返す。


姉も押されたことに気づき抱き締めるのをやめた。


「本当に痛いから。」

「ごめんね。でも、心配したのよ。また、、、」


 何かを口に出そうとした姉だったが途中で言葉をやめる。きっと、僕を心配していたことに間違いないだろう。そんな、姉に申し訳ない感情にかられた。


「ごめん。」


  姉は、首を振る。僕の手を握り、涙目の顔を寄せた。


「るい。本当によかった。私、またるいに何かあったらと思うと怖かったの。」

「姉さん。大丈夫だから。僕ももうあの頃とは違うから。姉さんが心配するよりもずっと強いから。」


安心させようと手を握り返す。片腕は、骨折で固定されて動かせないがもう一つはまだ少し動かせるので助かった。


 会話をしていると、病室の扉が開く。入ってきたのは、僕を助けた二人組だった。面持ちは、まるで正反対の二人。真顔で飴をなめがら入ってきたツインテールの小さい女の子と常に笑顔の巨体の男性。


 姉は、二人に睨みを利かすように振り向く。


「久しぶりね。メイちゃん。隊長は元気かしら??」

「は?!自分の目で確かめたら?自分の兄じゃんwあっそっか、愛想つかされたんだったけ?」


 二人の目からは、火柱が出ているのではないかと思うほど喧嘩腰の会話している。それを止めるように、間に入る巨体の男。


「まあ~お二人落ち着いてください。」

「どいて、ダルマ。私は、メイちゃんとお話しをしないといけないからさ!」

「私は、ばあばあと話すことないんですけど。」

「クソガキ。誰がばあばあだ。」


 姉は椅子から立ち上がり見たことの無い鬼の表層に顔が引きつってしまう。きっと、姉の仕事上何かしらの付き合いがあるのかもしれないがここまでの仲が悪いことがあるのだろうか。


「はあ~、すみません。ちょと辞めてもらってもいいですか?今、俺らはあかねさんじゃなくて彼に話があるので。メイちゃんも、喧嘩を売らないの!!」


間に入ったダルマと呼ばれる大男が喧嘩を仲裁する。僕の方へ指をさす。きっと、昨日の学校の件だということだろう。


 メイという女の子が舌打ちをしながら姉を外に出るように促している。


「そうゆうことだから。ちょっと、外出てくんね?」

「それは、断らせてもらうわ。私も話を聞く義務があるから。」

「あんた、関係ないから。ダメだから。」

「ま~ま~、お姉さんに聞いてもらっても困ることじゃないしね。確認したいことがあるだけだからね。」


 姉は、椅子にもう一度座り二人から守るような形で警戒を解かない。


「ちょっと!ダルマ。あかねがいたら話なんて聞けないようなもんじゃないよ。」

「メイちゃん。あかねちゃんは、そこまで嘘をつくような人間じゃないよ。真実や悪にはとことん追求するタイプの警察だってこと知ってるでしょ。」


 きっと、彼らは僕よりも姉の仕事について理解しているのだろう。僕には、仕事について話したことも話そうともしないから。


 メイは、少し頬を膨らませる形で納得してくれた様子だった。


「単刀直入に言うね。」


 ダルマの顔は打って変わって真剣な表情を浮かべる。


「君、何でゲートが開く前に火事起こしたのかな??」


 

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