第17話

 気づけば雷鳴は止んでいた。

 ぼくと志崎くんは、鼻と鼻がくっつきそうな距離でしりとりをしながら気を紛らわせていた。

 知っている言葉が尽きてクラスメイトの名前がで始めたころ、志崎くんは「る」から始まらない言葉を呟いた。


「雨が止んだら、山に入って、木を避けながら階段に戻ろう」

「泥に足を取られてしまわないかな」

「おれが先に見てくるよ。歩けそうであれば満島を呼ぶからおいで」

「大丈夫だよ、ぼくも行くよ」


 雨音も少しずつ落ち着き始めていた。

 気付けば夜が訪れている。

 お母さんが心配していると思うと申し訳なかったが、どうしようもない、という志崎くんの言葉に、考えても無駄であることに気付かされてしまっていた。


 ふと、遠くのほうで声が聞こえた。


 志崎くんにも聞こえていたようで、ぼくたちは体を起き上がらせる。


 屋根があるぎりぎりのところまで行くと、重なった木の枝の向こうでちらりと懐中電灯が見えた。


 男の人が、ぼくたちの名前を呼んでいた。


「ここにいるよ!」


 たまらずぼくは声を張り上げる。

 懐中電灯の眩しい光がぼくたちを捉える。

 そして誰だかが「そこで待っていなさい」と言った。


 ぼくたちは顔を見合わせて、泣きそうになるのをぐっと堪えていた。


 たくさんの大人が迎えに来た。

 かなり前に、山の麓に置いた志崎くんの教科書たちが見つかっていたらしいのだが、大雨で山道を行けず、階段はたびたび落ちた木々が塞いでいて、遅くなってしまったと言われた。


 麓に辿り着くと、お母さんが泣きながらぼくを抱きしめる。石床とコートの間とは比べ物にならないほどの暖かさと、柔らかく抱きしめてくれる感覚に、膝から力が抜けていくのが分かった。


 胸の中に溜まり続けていたものが溢れて、どうしようもなくなって、ぼくはみっともなく泣き喚きながらお母さんに「ごめんなさい」と訴えた。

 お母さんはぼくの頭を撫でて、全身の形を確かめるようにまた抱きしめる。後ろにいたお父さんが髪をかき混ぜてくれることすら、待ち侘びていた暖かさのように思えた。


 雨音を掻き消すサイレンがぼくを責める。

 

 後悔が安堵で塗り替えられ始めたころ、ぼくは今朝までのぼくとは違うぼくになっているように思い始めていた。もう透明なぼくではなくて、志崎くんの友だちであるぼくだ。

 不安がる友だちになにかを施してあげられる、意味のあるぼく。ぼくは、ようやく『なにか』を成したのだ。


 お母さんの腕の中から離れ、志崎くんが制服をきた大人たちに囲まれているのを見て、ぼくは成した『なにか』の名前を知った。

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