第16話

 ぼくたちは服を脱いで、思い切り絞った。

 もう一度着たりはしないで、志崎くんのランドセルからコートを取り出す。少し濡れていたけれど、内側は無事だった。

 休憩所の石床に寝転がって、コートを横にしてめいいっぱい広げて二人で被る。石床は次第にぼくたちの体温を吸い取って、じっとしていればそれなりに暖かいままでいられた。


 志崎くんは、休憩所の天井を見上げていた。黒々とした瞳はなにも語ってくれない。ぼくが何度大丈夫だと言ったって、志崎くんはもう、なにも答えてくれなかった。


 ぼくのせいだった。

 ぼくが志崎くんの『なにか』になりたがったせいで、いま、志崎くんは悲しい思いをしている。ぼくが見せた夕焼けだって、きっと曇天に塗り替えられてしまったはずだ。

 山の麓に置いてきた志崎くんの教科書は、きっともうぼくたちよりぼろぼろのぐちゃぐちゃなのだろう。


「志崎くん、ごめんなさい」

「どうして謝るの」

「ぼくが連れてきたから、いま、志崎くんは悲しい思いをしているんだろう?」

「少し、違うよ」

「どう違うの?」

「おれが満島に着いて行きたいと思ったから、帰る場所がなくなってしまったんだ」


 志崎くんの言葉は、ぼくの心臓をちりちりと焼いていった。志崎くんは天井を見るのをやめて、体ごとぼくと向かい合う。ぼくたちの距離は一気に近くなった。

 逃げたいと思ってしまった。

 志崎くんに責め立てられて、燃やし尽くされてしまう気がしたのだ。

 だけど、離れようにも石床がざり、と皮膚を擦るし動くと寒い。どうにもできないまま、ぼくは志崎くんに捕まった。


 二の腕を痛いほど、ぎゅう、と掴まれる。


「痛いよ」

「おれも痛いよ」

「ごめんなさい」

「怒っていないよ」


 志崎くんの背中が少し丸くなって膝と膝が優しくぶつかった。


「おれ、どうしよう」


 ぼくにも、どうしていいのか分からなかった。

 志崎くんがどうしてこんなに悲しそうなのかも分からないから、どんな言葉をかければいいのかも分からない。

 

 ぼくは必死に記憶を手繰り寄せる。


 悪い夢に泣き喚くぼくを見て、お母さんはどうしてくれていただろうか。お母さんの顔を思い出すと、お母さんの腕の中の温もりも思い出してしまった。ごめんなさいと謝って、優しくぼくを許してほしい。

 柔らかいパジャマでぼくを包んで、笑って欲しい。


 だけどぼくには、そんなことを願う権利が無いのだ。ぼくは志崎くんを悲しませてしまったから、ぼくはもう、何者かになることをも諦めて、ただ志崎くんを思うことしか許されない。


 ぼくは志崎くんの腕にできるだけ優しく触れた。

 そして、お母さんにしてもらったことを、志崎くんに返すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る