第6話
体育のあとの社会は驚くほど眠たくて仕方がなかった。ぼくは自分の太ももをつねって眠気を堪える。ふと志崎くんを見ると、志崎くんも両手を顔で覆っていた。たぶん、先生からあくびを隠しているのだ。先生はねちっこい人でもあって、ぼくたち生徒があくびしていると決まって「今、あくびしましたね」と指摘してくる。機嫌が悪い日になると「先生の話はそんなにつまらないですか」と悲しい顔をするので、みんななるべく、あくびを隠すのだ。
どうにか居眠りを耐えて、今日の授業がようやくすべて終わった。すると途端に、先ほどまで必死に戦っていたはずの睡魔が消えてしまう。ぼくの目は不思議とぱっちり開いてた。眠かったことなんて、嘘みたいだ。
忙しい音楽が学校中に響き始める。そして放送委員が『掃除の時間です』と合図した。
ぼくたちは椅子を机の上に逆さまに置き、まずは教室の後方にぎゅっとまとめていく。そしてぼくは一人、男子トイレに向かった。
ぼくのクラスは一番トイレに近いのだが、トイレ掃除はいつも不人気だった。汚いし、一人で掃除しないといけない。でもぼくは、おしゃべりしながらの掃除は少し苦手だから、この場所が楽だった。
なにより、みんなが嫌がる場所を率先して掃除できる自分は僅かにだが誇らしいものであるように思えたのだ。
掃除を終えて教室に戻ると、クラスメイトの中でも特に騒がしい数人が輪を作っていた。ぼくはその輪からなるべく離れた場所を歩いて、自分の席へ向かう。放課後なにして遊ぶのか、ぼくはその話し合いが聞こえないふりをした。
きっとぼくが興味あるように振る舞うと、彼らはぼくを誘わなくてはいけなくなってしまう。きっとぼくがいるとおもしろくないので、ぼくは断らなければならない。だけど断ることは少しだけ申し訳なくもあり、息苦しくなるから苦手だ。
ぼくは静かに、ランドセルに教科書を入れていく。志崎くんは、ぜんぶ写すことが出来ただろうか。もしかしたら、家で写したいかもしれない。そう考えたぼくは、ノートだけをランドセルの手前にまとめ、取りやすいようにした。
志崎くんは、終礼がはじまる直前に帰ってきた。隣の席の原田くんが「放課後遊ぼう」と声をかけている。
ぼくは、断れ、と思ってしまった。ぼくは、志崎くんも、ぼくのようにクラスメイトの輪に入りにくいと思っていてほしかった。ぼくよりずっと、教室にいないからだ。
そして志崎くんが「ごめん、今日は帰らないといけない」と答えたのを聞くと、ぼくの口角は緩やかに上がっていった。
その顔はきっと、醜くて悍ましい。ぼくはまた、自分が惨めな存在になっていくのを感じてしまった。
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