第7話

 終礼が終わる。原田くんが人差し指を掲げ「放課後ドッジする人、この指止まれ」と声をあげる。原田くんの席に集まるクラスメイトを横目に見ながら、ぼくはホッとしていた。やっぱり、ぼくがいない方がいい遊びだ。ぼくは、あぶれているのがバレないようにこそこそと廊下に出た。


 教室ではドッジボールのチーム分けをする声が聞こえてくる。靴箱ですれ違って気まずい思いをしないように、足早に靴箱へ向かった。


 そして途中で、志崎くんがぼくを探しているかもしれないと思い、足を止めた。そのためにノートを取りやすい場所に入れたのに、クラスメイトたちに気まずい雰囲気を作られるのが嫌ですっかり忘れてしまっていた。

 ぼくという人間は、つくづく自分のことし考えられていないのだ。ぼくにノートを借りるつもりだった志崎くんは、今頃ほかの誰かに声をかけているかもしれない。みんながドッジボールをしている間に、教室で書き写すのかもしれない。

 しかし、今から教室に戻って志崎くんにノートが要るかどうか尋ねるなんてことは、できそうになかった。


 ぼくは再び、靴箱に向かって足を進める。

 かかとが潰れてだらしない志崎くんの靴の上に、ノートを置いていくか逡巡した。


 遠くから足音が近づいて来る。クラスメイトだったら恐ろしいと思い、ぼくは慌てて靴を脱いだ。しかしすのこの隙間に足を引っ掛け、肩を靴箱にぶつけてしまう。咄嗟に周りで誰かがぼくを嗤っていないか見回したら、ひとつの視線とかち合った。


「満島、大丈夫?」


 志崎くんだった。みっともないところを見られてしまった。恥ずかしくて顔が熱くなっていく。

 

 志崎くんはぼくの痴態なんか気にしていない様子で、かかとの潰れた靴を床に投げる。


「ドッジ、混ざらないの」

「ぼくがいないほうが、楽しい、から」


 咄嗟に答えたことを後悔した。まるで「そんなことないよ」と言ってほしいみたいだ。志崎くんにぼくという人間を肯定してもらいたがっているような言葉が、あまりにするりと出てきた事実に、今度は教室に逃げ帰りたくなった。

 しかも志崎くんは「そうなんだ」とぼくを言葉で救うわけでもなく、聞いてきたくせにあまり興味はない様子で靴をスリッパみたいに履いたのだ。


 代わりに「一緒に帰ろう」と誘われる。


 誰かと一緒に帰ることなんてなかったから、驚いて持っていた靴を落としてしまった。心臓がどきどき高鳴っている。「いいよ」と答えた声は上擦っておかしくなっていないだろうか。


 ぼくは靴に足を押し込む。買ってもらったばかりで、まだ生地が硬かった。慌てたせいで、ついかかとを踏み潰してしまった。指を隙間に入れて伸ばしながら、足を収めたのを確認する。


 志崎くんはずっとぼくを待っていた。

 ぼくは、志崎くんと同時に校舎を出たのだ。


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