第5話

 休み時間ごとにぼくのノートを借りた志崎くんは、昼休み中もずっとノートを写していた。「満島のノート、見やすいよな」と、社会のノートを受け取りながら言う。ぼくは「普通だよ」と短く返すことしか出来なかった。


 志崎くんは学校に来ないことが多い。体調不良や家庭の事情だと先生は言い、志崎くんは決まって先生が言った理由と同じ理由を話す。

 休みが多いことをよく思わないクラスメイトも居て、前に一週間ぶりに登校した志崎くんを何人かの男子生徒が取り囲み詰め寄っていたことがあった。

 志崎くんはけらけらと笑いながら上手に話を逸らし、三十秒後には違う話題で盛り上がり始めていた。


 志崎くんはぼくの半分ほどしかこの教室にいないのに、ぼくよりずっと自然にこの教室にいる。そして志崎くんは、ぼくを遠巻きには見ないで当たり前に話しかけてくれるから、志崎くんが登校している日はぼくもこの教室のクラスメイトになれる気がするのだ。


 昼休みが終わる十分ほど前。図書館から帰ると教室には志崎くんが一人だけだった。黒板には大きな文字で『五時間目体育に変更』その下に『体育館集合』と書かれている。体育は六時間目のはずだった。

 志崎くんはノートをぼくに返しながら「みんな着替えて行ったよ」と言った。


 ぼくは慌てて体育服に着替える。志崎くんもまだ制服のままだった。もしかしたらぼくを待っていてくれたのかもしれない。だけど、ノートを時間ギリギリまで写していただけかもしれない。

 

 待っていてくれたのならお礼を伝えなければならない。でもただノートを写していたのなら志崎くんを困らせてしまう。そうこう考えているうちに二人とも着替え終わって、体育館に駆け出した。


 足をもつれさせながら体育館に辿り着く。走ったおかげで呼吸が乱れ、冷たい空気を思い切り吸い込まなければならなかった。おまけに汗が滲む肌を冷気が撫でて寒々しい。吸い込んだ空気は体の中を腹から冷やしていくようで不愉快だ。

 

 志崎くんとぼくは、整列するクライスメイトたちに並んだ。ぼくは一番背が高いから、なるべく誰にも気付かれないように息を殺して最後尾に着く。

 志崎くんは「ごめん」と言いながら、真ん中あたりの、自分の場所へ滑り込んでいた。


 まだ呼吸が整っていないのに息を止めたせいで頭がくらくらする。一方で志崎くんは、隣の女の子とクスクス笑っていた。息切れひとつしていなくて、ぼくに合わせて走ってくれていたのだようやく分かってしまって、自分が図体だけの人間に余計に思えてしまうのだった。

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