第43話 二度目のプロポーズ
翌朝、目を覚ますと秀真が頭を撫でてきた。
「おはよう、花音」
モゾモゾと身じろぎした花音は、今日がクリスマスなのだと思いだし挨拶をする。
「ん……。おはようございます。……メリークリスマス」
「ふふ。メリークリスマス。……クリスマスだから、良い子の花音にプレゼントがあるよ」
「ん? 何ですか?」
寝ぼけた声を出してベッドの中でのびをした花音の隣で、起き上がった秀真はベッドサイドの下の引き出しから紙袋を出す。
目をこすって何事かと見守っていると、秀真は紙袋の中からジュエリーボックスを取りだした。
「開けてみて」
「……はい」
もしかして、という期待が胸の奥に沸き起こるが、半分まだ夢の中なので上手く頭が働いてくれない。
紺色のビロードの箱をパコンと開くと、中に大粒のダイヤの指輪があって花音は思考を停止させた。
「…………えっと…………」
台座からリングを取った秀真が、その指輪を花音の左手の薬指に嵌める。
「俺と結婚してください。花音」
「っ…………」
驚いてポカンとした彼女を、幸せそうに笑った秀真が抱き締めてきた。
「本当は今夜のディナーでプロポーズしようと思ったんだけど、駄目だ! 花音の寝顔を見ていたら、愛しくて、今すぐプロポーズしたいって思ってしまって我慢ができなかった」
朗らかに笑う秀真の声を聞き、花音はじわっと幸せを噛み締めながら、涙を浮かべて彼を抱き締め返した。
「……っはい。お嫁さんにしてください……!」
カーテンの隙間から朝の光が漏れる室内で、二人は唇を重ねた。
「今日はクリスマスデートをするよ。プレゼントに、花音の好きな物を買ってあげるから」
「楽しみにしています! あっ、そうだ! 私も秀真さんにプレゼントを持ってきたんです」
花音はモソモソとベッドから下りると、一度自分に宛がわれた部屋に行き、紙袋を提げて戻って来た。
「これ……。どうぞ」
シンプルな白い紙袋には、黒いロゴでブランド名が書かれてある。
「ありがとう」
礼を言った秀真は中から箱を出し、青いリボンのかかったそれを開けた。
中にはネクタイピンがあり、シンプルなシルバーのデザインだ。
「いつも身につけてもらいたいと思って……。あっ、でもその日の気分とかあるので、毎日つけてほしいとかじゃなくて……きゃっ」
もう一度秀真に抱き締められ、突然だったので驚きの声が漏れてしまった。
「ありがとう! 一生大切にする」
秀真は幸せ溢れる表情で微笑み、もう一度花音にキスをした。
その日は午前中から出掛けて、クリスマスのディスプレイを楽しみながら秀真と買い物をした。
花音も今回は〝何か〟あると思っていたので、以前のように動きやすい格好ではなくお洒落をしている。
旅行先でワンピースやハイヒールなどのお洒落をするのは少し大変だが、宿泊しているのが秀真の家で、自由度が高いのに救われた。
今日はボルドーのワンピースにショートブーツを履いていて、その上にファーのついたベージュのコートという姿だ。
秀真は今夜行くレストランを想定してか、きちんとスーツを着ていた。
〝特別〟なデートなのだと自覚し、最初は緊張していたものの、彼と話してあちこち回るうちに楽しさの中に紛れていった。
六本木の商業施設で歩いて秀真がアクセサリーを買ってくれ、そのままランチをする。
午後は新宿に行き、カップルシートで映画を楽しんだ。
覚えている限り、札幌のシネマ・コンプレックスにカップルシートという物はなく、プライベートが守られながら映画を見られる席に、花音は感動した。
そしてつくづく思うが、映画というものは迫力のサウンドがあってこそだ。
引きこもっていた時、無音で映画を見ていたけれどやはり音楽があって映画は成り立つ。
(もっとこの世界の〝音〟に耳を傾けて大切にしないと)
そう思えたのも、周りの人のお陰だ。
年末にもなると日が落ちるのが早く、映画のあとに少しブラブラ店を見て歩いたあとは、すっかり暗くなっていた。
「花音、ディナーのあとはイルミネーションを見に行こうか」
「はい! 楽しみです」
「札幌の大通公園もイルミネーションをやってたよな」
「ですね。でも生まれてこの方ずっと札幌にいるので、毎年出される物が恒例化しています。私はちょっと〝お馴染み〟になっていて、あんまり見ない感じです」
「確かに、冬場はあの地下歩行空間を歩くと、寒くなくていいしな」
「その通りです」
手を繋いで歩きながら話し、札幌とはひと味違うビル群やディスプレイ、イルミネーションに目を奪われる。
それらを夢見心地に見ていたが、花音は今日一日で心に決めた事を口にした。
「秀真さん」
「ん?」
「私、来年の三月までに札幌での仕事をやめて、東京に来たいと思っています」
「……うん」
花音の決意を聞き、秀真は目を細めて頷いた。
「花音は犬とか猫、好き?」
「大好きです! 今は一人暮らしで飼えていないんですが、実家には犬と猫がいます」
「じゃあ、飼えるようにやっぱり一軒家がいいな」
「え?」
キョトンとした花音に、秀真はにっこり笑ってみせる。
「今のマンションでも暮らせるけど、これから家族が増える事を考えるなら、一軒家の方がいいと思うんだ。だから少し前からこっそり良さそうな物件を探してる」
「そんな……。東京で一軒家って言ったら、高いでしょう」
怖じ気づく花音に秀真は首を横に振る。
「貯蓄はあるし、将来の事も考えてかなり前から投資もしているんだ。だから俺は花音が思ってるより資産があると思うよ」
「はぁ……」
花音は投資に疎いので、そのような事を言われてもよく分からない。
「無理はしないでくださいね?」
「大丈夫。老後の資金もたっぷりあるし、まだまだ元気に働くつもりだから」
「それなら……、お任せします」
そのあと、タクシーを捕まえて二人は東京駅近くにあるビルの最上階レストランに向かった。
アールヌーボー調の内装の中を進み、二人が案内されたのは東京駅付近を見下ろせる絶景の個室だ。
室内には暖炉があり、バイオエタノールの火が揺れている。
暖炉上には花が飾られ、個室内の壁にある絵画や、窓に向けられて並んだソファなどからもアンティークさが窺える。
上品にしつらえられた空間の中で、二人は窓辺にセットされた席に座り、運ばれてきたフレンチコースに舌鼓を打った。
料理には旬のものが使われ、生牡蠣とジュレ、ソースを合わせた前菜や、色とりどりの野菜を合わせたサラダ、魚のポワレ、仔牛のローストなどに満足する。
美味しいチーズの盛り合わせにワインを合わせ、デザートを終えたあと、ようやくコーヒーが出された。
小菓子をつまみながらホッと一息ついていると、部屋にバラの花束を抱えたギャルソンが入ってきた。
「…………!」
バラを持ったギャルソンの後ろには、銀色のクローシュと皿を運んできた者もいる。
(あれ? 婚約指輪はもう受け取ったはずで……)
うろたえている花音に、秀真が微笑みかける。
「指輪はもう渡してしまったけど、代わりの物も用意してあるから」
「ご婚約おめでとうございます」
ギャルソンに大きな赤いバラの花束を渡され、花音は混乱したまま「どうも……」と礼を言う。
そしてもう一人のギャルソンがクローシュを開けると、中には指輪と揃いのデザインの、大粒のダイヤのペンダントがジュエリーケースに収められていた。
「これもセットで受け取ってほしい」
目の前で秀真が微笑み、思ってもみなかったサプライズに花音は涙ぐんだ。
「うぅ……っ、あ、ありがとうございます」
「改めて、俺と結婚してください」
「はい……っ」
滲んだ涙を指先で拭い、花音は晴れやかな笑みを浮かべた。
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