第41話 仕返し

 その後、二人は連れだって歩き、バーに入った。


 二人で飲み物を頼み、乾杯をする。


 座ったのはボックス席で、店内に丁度いいボリュームで流れているジャズを聴いて、愛那はご機嫌のように見えた。


 しばらく、二人は演奏会の感想など話していたが、秀真はゆっくり自分の〝カード〟を切り始めた。


「先日、愛那さんのご学友だという方と知り合いました」


「まぁ、そうなんですか? 誰かしら?」


 彼女は微笑んでいるが、自分の過去に秀真が触れた事を快く思っていないのは伝わってきた。


「愛那さんも学生時代は随分ヤンチャだったみたいですね」


 微笑んでそう言うと、彼女の笑顔が固まる。


「……と言いますと?」


「言わせるんですか?」


 秀真は皮肉げに笑い、酒を一口飲む。


「クラスの男子たちを自分の魅力でメロメロにして、競わせていたと聞きました。勝者には〝ご褒美〟をあげていたそうで、なかなかですね」


 ビシッ、と愛那の表情が強ばった。


 秀真が会ったのは、〝友人〟というよりクラスの中でいわゆるスクールカーストの底辺にいた女性だ。


 彼女はいじめられていたといより、存在そのものをないものにされていたそうだ。


 だからこそ、愛那が何をしていたのかを目にしていても、無視されていた。


 彼女が誰かに告げ口してもどうにもならない事を、当時の愛那は分かっていた。


 学校に多額の寄付をしていた愛那は、教師たちからも特別な存在だ。


 表向き愛那は模範的な生徒だったので、校則を大きく違反する事もないし、教師に逆らって問題行動を起こす訳でもない。


 見えないところで何かをするだけなら、見て見ぬ振りをしていたそうだ。


 愛那は当時から美しく、自分に告白してくる男子たちを玩んでいた。


 色んな男子と体の関係を結んでは、付き合っている相手がいるのに平気で奪う。


 妻子のある、若い男性教諭にも手を出していたそうだ。


 一方で外ではクラブ通いをして、法的に怪しい物にも手を出して男たちと乱痴気騒ぎを起こしていたらしい。


 親には友達と泊まりがけで勉強会をすると言って、男を使って承認欲求を満たしていた。


 大学生までそんな生活は続き、社会人になってからは「子供の遊びは終わり」と言わんばかりに一切手を切り、親の会社で働いてより良い男と理想の家庭を築く事に執着しだした。


 友人の事は伏せておき、秀真は自分が耳にした情報を彼女に教える。


「凄いですね。あなたのような品のあるお嬢様に、そんな過去があったとは思っていませんでした」


「……何かの思い違いではありませんか? 秀真さんは私の事をそんな女だと思っているのですか?」


 愛那はいつも通り微笑んでいるが、その顔も唇も小さく震えていた。


「嘘だと仰るんですか?」


 秀真は優しく尋ねる。


「勿論です! 私は胡桃沢家の娘として、人様に恥じない生き方を送ってきました」


「じゃあ、あの人にもそう言えるんですね?」


「え?」


〝あの人〟と言われ、愛那は秀真が示した方を見る。


 そのタイミングで、バーの別のボックス席から、四人の男性が近づいてきた。


「あ……」


 彼らに愛那は心当たりがあるようだった。


 それもそうだ。彼らは愛那と体の関係があった男たちで、この日のために秀真が興信所を使って探し回り、謝礼を出して〝協力〟を求めた者だ。


「あなた達……」


 彼らを見た愛那は、顔色を悪くして体を緊張させる。


「久しぶり、胡桃沢さん。……いや、〝女王様〟?」


 一人の言葉に他の三人が笑う。


「ちょ……っ」


 その単語が他の客に聞かれないか、愛那は焦りを見せる。


「〝女王様〟は凄かったよなぁ。俺らは美人な女とお近づきになれて良かったけど、他の女たちが『男を盗られた』って喚こうが、金で解決しちゃうから無敵だったよな」


「ち……っ、違うんです! 秀真さん!」


 顔を引きつらせ焦りを見せる愛那に、秀真は穏やかに微笑んでみせた。


「もとから愛那さんには恋愛感情を持っていませんでしたが、正直、引いてしまいました。今後、もしどこかで偶然お会いしたら、友達としてお話はさせて頂きますのでご心配なく」


 秀真のその言葉を聞き、愛那は自分が彼に持っていた期待がプツリと絶たれたのを悟ったようだ。


 呆然としている彼女に、男たちが話しかけてくる。


「せっかく会えたんだから、前みたいに楽しまない?」


「そうそう。俺、いま離婚して独身なんだ。丁度良くない?」


 顔色を悪くした愛那に、秀真はとどめをさす。


「愛那さんがそうだったなんて、ちょっと親近感が湧きますね」


「……え?」


 彼女は顔を引きつらせたまま、救いを求めてこちらを見てくる。


「お恥ずかしい話、俺は風俗通いをしているんです。気に入りの店に気に入りの女性がいるんですが、最近出禁になってしまって」


 ニッコリと爽やかに、秀真は嘘をつく。


「…………そう……なんですね」


 愛那は頬を引きつらせ、かろうじて相槌を打った。


 この状況で自分を助けてくれると思っていた唯一の人が、それも憧れていた王子様のような人が、風俗通いをして余程の事をして出禁になったとは思っていなかったのだろう。


 秀真は手応えを感じて笑みを深める。


「愛那さんみたいな女性なら、他の男も交えてのプレイとかも慣れているんですよね? 俺、そういうのも興味があるなぁ。慣れてらっしゃるなら、今度目の前で見せてくれませんか?」


「ご……っ、ご自分が何を言っているか分かってらっしゃるんですか!?」


 とうとうヒステリックな声を上げた愛那に、秀真は変わらず温厚に微笑む。


「だって、俺たち似たもの同士でしょう? 愛那さんの方が経験豊富なぐらいですし」


「一緒にしないで!」


「えぇ~? そう言っちゃうの? 〝女王様〟」


 男性に揶揄され、愛那は羞恥に赤面し、屈辱で身を震わせる。


「学生時代はえげつないいじめもしてたよなぁ? 自分は手を汚さずに、手下の女子たちに色んな事をさせてたっけ。やっぱり今でも『私は何もしていない綺麗な女なんです』っていうの貫いてるの?」


「ちが……っ」


 混乱しきった愛那は、手をワナワナと震わせていた。

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