第34話 凶刃
顔を強張らせた花音を見て、秀真もすぐ前を向いて「愛那さん……」と呟く。
そして彼は自分の体の陰に花音を隠し、庇おうとした。
けれど花音は、自分も戦うと決めたのだからと懸命に秀真の隣に立つ。
やがて愛那は二人の前に立ち、いつもの微笑みを浮かべたままお辞儀をした。
「秀真さん、お話が……」
愛那がそこまで言った時、死角――病院の前庭にある木陰から、一人の男がこちらに向かって突進してきた。
(何!?)
動くものを視界に捉え、花音はギョッとしてその男を見る。
(嘘!)
見間違いでなければ、男は手に刃物を持っていた。
「秀真さん!」
声を上げ、花音は危険を知らせる。
――が、その前に愛那が秀真に飛びつくようにして抱きついた。
「秀真さん、危ない!」
愛那は花音の声を聞き、チラッと男の方を見てから秀真を庇うように抱き締めた。
その腰に、男が持っていた包丁がドッと刺さる。
「っあぁ……っ!」
「愛那さん!! ……っ、お前、金田……!」
秀真は男と面識があるようで、彼の名前を呼び激しく睨みつける。
「花音! 病院の人を呼んできて!」
「はい!」
膝から崩れ落ちた愛那を秀真は支え、金田と呼ばれた男は「あぁああぁ……!」と奇声を上げ走り去っていった。
(どうしよう!)
花音は病院に駆け込み、総合案内の女性にまくし立てた。
「外で秀真さんが刺されたんです! 違う、愛那さんが! 男が刃物を持っていて、刺されました! お願いします、助けてください!」
女性はすぐに然るべき場所に連絡をしてくれ、間もなく手の空いている看護師や緊急外来の医師たちが駆けつけた。
花音も一緒に外に出ると、秀真は愛那を抱き留めたまま座り込んでいる。
「秀真さん! 愛那さんは!?」
「早く! お願いします!」
秀真は強張った顔で、駆けつけた病院関係者に向けて声を上げる。
そのあと警察も呼ぶ流れになり、愛那が運ばれて一旦場が収まった時、秀真が申し訳なさそうに言った。
「……すまない。夕食を一緒にとって空港まで送りたいと思っていたけど、できなさそうだ」
「いいえ、気にしないでください。大変な事になったのは、私も分かっていますから。犯人が捕まって、愛那さんも助かるよう祈っています」
「ありがとう。もうすぐ秘書が来るはずだから、スマホも取りあえず解約して新しくする。連絡できるようになったら、すぐメッセージか電話をよこすから」
「はい」
最後にギュッと抱き締められ、花音は病院の前で秀真と別れる事にした。
本当なら秀真と一緒に何を食べるか、ワクワクして食事について考えていたはずだった。
だが花音はまっすぐ空港まで行き、適当な店に入ればいいのに、レストラン街を歩いた挙げ句、人の多さに諦めた。
最終的に空港内にあるコンビニでおにぎりを一つ買い、ベンチに座ってもそもそ食べる。
(愛那さん、大丈夫かな。……っていうかあの男の人、秀真さんを狙って刺そうとした? 秀真さんはあの男性を知っていたみたいだけど、恨みを買っていたの?)
あまりに多くの事がありすぎて、花音は混乱する。
大好きなはずのシーチキンマヨネーズのおにぎりも、結局味が分からないまま、胃の中に入れるという形で食べ終えてしまった。
フライト時間が迫り、スマホを持っていない秀真とは連絡できないまま飛行機が飛び立つ。
(秀真さんには直接会えてお互いの気持ちを確かめたんだから、彼がスマホを新しくして連絡してくれるのを待たないと)
新千歳空港から札幌駅までJRに乗り、スーツケースを持つ人が多くいるなか一人静かに息をつく。
やがて帰った自宅は、朝に出たばかりだというのに、数日帰っていないように思えた。
「……色んな事がありすぎて、疲れてるんだ。……寝よう」
そのあとは何も考えず、熱いシャワーを浴びて倒れるように眠った。
結論から言えば、愛那は助かった。
秀真は翌日の日曜日に退院となり、秘書に新しいスマホの手配もしてもらった。
彼女が刺されて翌日なので、すぐに面会できない。
(今週の中頃に時間を作ろう)
主治医に礼を言って退院した秀真は、いまだ混乱の残る会社に戻り、落ちた株価――信頼回復を取り戻すための重役会議にさっそく顔を出した。
会長と社長が謝罪会見を開き、世間としては「瀬ノ尾グループは一応謝った」と認めてくれたようだ。
だが顧客からは「あそこの会社は信頼できない」と思われたかもしれないし、新規顧客も瀬ノ尾グループを使うのを躊躇うかもしれない。
詫びの意味も込めてホテルを低価格で使えるキャンペーンや、旅行会社でも通常価格よりも値段を抑えたツアーなど、取れる対策をとっていく。
同時に警察から、愛那が刺された事について事情徴収され、あの時見た犯人――金田という名前の元瀬ノ尾グループ本社総務部の男について、話さなければならなかった。
金田――金田勝は、今回の顧客情報を流出した張本人であった。
会社からは懲戒解雇を言い渡した上で、会社側からも金田に賠償を求めていた。
その決定が下ってから大した日が経っていないのに、今回の事件が起こってしまったのだ。
(逆恨みか……)
そうとしか考えられず、副社長室の椅子に座った秀真は眉間を揉む。
(愛那さんには詫びをして、金田の事は警察に任せる。そして別途、胡桃沢家には俺が原因で彼女が刺された事について、詫びを入れなければ……)
考えるだけでも気が重たい。
金田が引き起こした情報漏洩や、瀬ノ尾グループの周辺がきな臭くなる前、愛那の父から、しつこいほどに「愛那と結婚しないか?」と言われていた。
花音が東京に来た時、偶然愛那と鉢合わせたのが原因だとは気付いている。
愛那からの好意に気付いていない訳ではなかったが、彼女の誘いにも乗らなかったし、食事以外応じなかった。
花音と出会って以降は、愛那に「今度お食事でも」と誘われても「今は好きな人がいるんです」とハッキリ言って断っていた。
だから彼女も分かってくれていたと思っていたのだが、どうやら逆効果になったようだ。
(それでも、花音との未来は守らないと)
思い詰めたまま、日々あくせく働いた秀真が愛那の見舞いに向かったのは、結局復帰した週の金曜日になってしまった。
「秀真さん、来てくださったんですね」
ベッドに横になっている愛那は、化粧をしていなくても相変わらず美しかった。
自分を庇って刺された事については、詫びと礼を言わなくてはいけない。
だが愛那は秀真のスマホを盗っていった疑いがある。
色々話をしなくては……と思いながら、秀真は手土産を彼女に渡し、勧められたあとにベッドの脇に椅子を引き腰掛けた。
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