第31話 彼のもとへ
花音はすぐにスマホを立ち上げ、航空会社を問わずすぐに乗れそうな便を探す。
だが現在は二十時半ほどで、飛行機は一番遅いものでも二十一時台だ。
花音の家は中央区であっても、札幌駅に移動するまではタクシーに乗って二十分から三十分はかかる。
おまけに札幌駅から新千歳空港までは、JRの快速に乗っても四十分ほどかかる。
ギリギリの時間に駆け込んでは、迷惑を掛けてしまう。
(気持ちは焦るけど、きちんと準備をして明日の朝一番に出よう)
今すぐ動きたい気持ちを必死に抑え、計画を練り直す。
(ホテルに泊まらないで、秀真さんに会ったらすぐ帰ろう。春枝さんが、土曜日の面会時間は十三時からって言っていたから、そんなに焦る必要はない)
泊まりではないので、着替えなど大きな荷物を持ってく必要もない。
いつものショルダーバッグに必要最低限の物と、スマホの充電器などを入れれば十分だろう。
(あとは、何かお土産になるお菓子を買って……)
ルーズリーフに持っていく荷物をピックアップし、花音は冷静に準備を進めていく。
幸い飛行機は、昼前に羽田空港に着く便を予約できた。
「よし、早めに寝よう……」
明日は何も予定がなかったのでブラッと実家に帰るつもりだったが、「急用ができたので」と母に断っておいた。
「待ってて、秀真さん」
布団に入って目を閉じ、秀真に向かって呟く。
早く寝ようと思っていたが、興奮してなかなか寝付く事ができなかった。
翌日、新千歳空港を十一時発、羽田空港に十二時四十分に着いた花音は、あれこれ迷いながらも、なんとか港区にある総合病院近くまで辿り着いた。
さすがに空腹になったので、近くにあった店でスパゲッティを食べる。
本当なら東京のお洒落な店でスパゲッティ……と言うと、嬉しくなって写真を撮ったかもしれない。
だが今はそんな気持ちになれず、美味しいはずの食事も味わえないまま、面会時間になるのをただ待った。
十三時になるまで待ち、そのあと会計を済ませて病院に向かう。
春枝からは『二人きりの方がいいだろうから、私は野暮な事はしないでおくわね。病院側には、美樹花音さんがお見舞いに来ると伝えておくから、心配しないで』と連絡を受けていた。
東京の総合病院は、建物が大きく近くまで行くと圧がある。
それも、周りにもビルがそびえ立っているからなのだろう。
慣れない土地の病院だからか、幾分緊張する。
けれど受付に美樹花音だと名乗り、秀真の見舞いに来たと話すと、すんなりと病室への行き方を教えてくれた。
複雑な院内を歩き、教えられたエレベーターに乗って階数ボタンを押す。
ポーンと小さな電子音が鳴ってフロアに着くと、目の前にあるスタッフステーションでもう一度秀真に面会に来た旨を告げた。
部屋番号を教えられ、いざ……と緊張して静かな廊下を歩く。
かつて洋子が入院していた札幌の病室では、病室のドアが開きっぱなしでその中に各ベッドのカーテンが閉じ、または開いて患者がいるという状態だった。
だがこのフロアは一部屋の面積が広いようで、スライド式の木目調ドアも閉じたままだった。
(患者のプライバシーを守っているのかな)
そんな事を思いながら、花音は秀真が入院している部屋番号を見つけ、心の準備をしてからドアをノックした。
「はい」
「…………!」
中から秀真が返事をし、久しぶりに聞けた彼の声に胸の奥がキュンッと切なく締め付けられる。
静かにドアを開いて顔を覗かせると、ホテルの部屋のような病室が目に入った。
秀真はダブルほどある、ゆとりのあるベッドをリクライニングさせて本を読んでいたようだった。
室内には他にソファセットや液晶テレビ、こぢんまりとした流しまであり、ここで生活できそうだ。
「花音!?」
心底驚いたという顔をした彼は、慌てて本をベッドサイドに置き、ベッドから下りようとする。
「あっ、そのままでいいです!」
花音は後ろ手にドアをそっと閉じ、秀真の側まで近寄った。
「お久しぶりです。入院しているだなんて知らなくて、……その、春枝さんにお聞きして駆けつけてしまいました」
こんな行動を取って呆れられていないだろうかと心配しつつも、素直に事情を話して頭を下げた。
彼が何も言わないので、不安に思って顔を上げると、秀真は心底愛しいという顔で花音を見ていた。
「……あの?」
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