第25話 通じ合う想い
公共交通機関で時間のロスや余計に疲れてはいけないからと、秀真が引き続き運転手に車を任せ、スムーズに移動する事ができた。
東京は音大生時代に一人暮らししていたが、それほど詳しいという訳ではない。
毎日ピアノに向き合って情熱を注いだ毎日を送っていたので、遊ぶ暇はなかったのだ。
子供の頃になら親に有名なテーマパークに連れてきてもらった事はあったが、まだテーマパークの良さも分からない年齢だった。
最終的に弟の空斗と共に疲れ切った記憶しかない。
社会人になってから何度か友人と旅行に行ったが、音大の思い出がある東京は避けた。
向かったのは京都の神社仏閣巡りや、比較的安価な海外旅行である東南アジアなどだった。
よって、東京を観光目的でじっくり回るのは初めてだ。
築地まで移動したあと、観光客でごった替えする中、お目当ての海鮮丼を頬張った。
満足したあとはまた車に乗り、今度は浅草寺に向かう。
浅草寺の仲見世をゆっくり歩いて楽しみ、浅草寺の他、敷地内にある神社などもにもお参りをする。
そのあと少し遅めのランチは、スカイツリーに直結している商業施設でイタリアンを食べた。
商業施設内をブラリとみて、予約時間になったあとスカイツリーを上った。
夕方は東京駅付近に行き、レンガ造りの美しい駅を写真に収め、中も見学する。
そして花音の「銀座を歩いてみたい」という希望通り、ぶらりと歩いて雰囲気を楽しんだあと、秀真がカジュアルな服装でも入れる中華レストランに連れて行ってくれた。
クタクタになって秀真のマンションに帰り、家政婦が入れてくれていた風呂に入り、ようやく人心地ついた。
「東京観光、一日目はどうだった?」
「楽しかったです。やっぱり人が多いですね」
そう言うと、秀真は「確かに」と笑う。
「事故以来、東京は避けていたっていう話だけど、大丈夫だった?」
「はい。正直、以前に秀真さんのピアノを聴いてから、それほど怖くなくなったんです。音大時代の友達にあったら昔の傷が痛むかもしれません。ただ、東京っていう街自体への思い出はそれほどでもなかったな……って」
「そうか、ならよかった」
彼はポンポンと花音の頭を撫でてくれる。
「明日は秀真さんプレゼンのデートコースですよね?」
「そう。水族館に行って、お台場にある女性受けのいいヨーロッパ的なショッピングモールでランチ。そのあとはデジタル美術館に行って、夜に観覧車でも、と」
秀真が自分のためにデートコースを考えてくれただけで、すでに嬉しい。
「秀真さんが決めてくれたなら、きっと素敵な場所に決まっています」
「それはハードルが上がったな」
二人で笑い合ったあと、隣に座っていた秀真が手を握ってきた。
(あ……)
二人とも風呂上がりだからか、やけに秀真の手を熱く感じる。
隣から視線を感じてチラッと秀真を窺うと、熱の籠もった目でこちらを見ていた。
そして頬に彼の手が添えられ、秀真の顔が近付いてくる。
(……キスされる……)
そう思った頃には唇が塞がれ、切なく呼吸をすると鼻腔いっぱいに秀真のいい香りを吸い込む事になった。
「ん……」
以前のようにちゅ、ちゅ、と唇を啄まれ、すぐに秀真の唇の柔らかさに翻弄されてゆく。
気が付けば花音はソファに体を押しつけられ、貪るようなキスをされていた。
「……ごめん。……疲れてるのに」
けれど我に返った様子の秀真が顔を離し、甘美なキスは途中で終わってしまう。
(……もっと一緒にいたい。秀真さんに求められたい)
だが「やめてほしくない」と思った花音は、恥ずかしいのを我慢し、勇気を出して彼の手を握った。
「……せっかく東京に来たんだし、……泊まりだし……。だから……」
小さく震える声が言葉を最後まで紡ぐ前に、秀真がギュッと花音を抱き締めてきた。
「……分かった。ありがとう」
そのあと秀真は立ち上がり、リビングの照明を落とした。
彼の行動が何を意味するのか、自分が求めたのだから花音だって分かっている。
そのまま、二人は手を繋いで寝室に向かった。
翌日は前日より少し遅めに置き、マンションの近くにあるパン屋まで二人で散歩をした。
朝食のパンを食べ終わったあとは、支度をして予定通り品川にある水族館に向かう。
花音の服装はデートらしく、ベージュのロングタイトスカートに白いTシャツ、その上にジージャンだ。足下は歩き回れるよう低めのヒールのパンプスを履いている。
秀真は黒いテーパードパンツに白いTシャツ、紺色のジャケットだ。
水族館で、色とりどりのライトに照らされた水槽は、花音の知っている〝水族館〟とはまったく違った。
どの水槽を覗いても幻想的で、黒い床にも色彩豊かなライトが反射している。
巨大な水槽のトンネルをくぐる時は、マンタの可愛らしい顔が見え、イルカが楽しげに泳ぐ姿も見られる。
イルカショーは光と水、音の競演という感じで、背景で花火が打ち上がるCGが浮き上がる中、イルカたちが音楽に合わせて呼吸の合ったジャンプを見せた。
また屋内にメリーゴーランドと、大きな船がスイングするアトラクションもあり、せっかくだからと秀真と一緒に楽しんだ。
「水族館にいながら、遊園地もちょっと味わえるなんて凄いですね」
大満足で水族館を出たあとは、秀真が言っていたヨーロッパ的なショッピングモールに向かった。
彼の言葉を聞いて「どういう事だろう?」と思っていたが、まるでヨーロッパの街並みに迷い込んだかのような造りに息を呑んだ。
広場の天井はドームになっていて、どうやらその時によって投影される映像が青空だったり、星空だったり変わるらしい。
女神を思わせる女性像が並んでいる噴水前では、記念撮影をしているカップルもいた。
「こんなショッピングモールなら、毎回友達とデートで来たいです」
「おや、俺は?」
秀真に悪戯っぽく微笑みかけられ、花音は慌てて両手を胸の前で振る。
「もっ、勿論、秀真さんは第一候補でデートしたいです!」
「あはは! 光栄だよ」
彼は満足そうに笑い、「行こうか」と花音の手を握って歩き始めた。
ショッピングモール内で服やアクセサリー、小物などを見て、ランチは洋食店に入った。
スパゲッティや肉、サラダなどが少しずつ入っているランチプレートを楽しみ、そのあとは隣接しているデジタルミュージアムに向かった。
プロジェクションマッピングという存在は知っていて、札幌にいた時も雪まつりの石像に投影されたものを見た事があった。
だがここでは室内を見回す限り、デジタル作品で作られた花畑や滝、一面に浮かぶランプなどがあり、こんな体験はした事がなかった。
たっぷり数時間楽しんだあとに外に出ると、もう夕暮れが迫りつつある。
「夕食に行く前に、あれ乗ろうか」
そう言って秀真が指差したのは、七色に光る巨大な観覧車だ。
「はい……!」
秀真と一緒に観覧車に乗れるだなんて、あまりに嬉しくて花音は二つ返事で承諾した。
少し並んだあとにゴンドラに乗り込み、秀真と向かい合わせに座る。
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