第24話 東京デート

「秀真さん」


「車を停めてるから、先に乗ってしまおう。運転手は下りてはいけない決まりになっているんだ。スムーズに空港から離れられるように、今日は運転手に協力してもらった」


「えっ? 運転手?」


 花音の知っている中で運転手と言えば、タクシー運転手ぐらいだ。


 祖母や母もリサイタルの時に一時的に運転手を雇う事はあるが、お抱えがいつもいる訳ではない。


(凄いんだな)


 スーツケースは秀真が持ってくれ、外に出ると札幌よりもずっと暖かい。


 やがて白い車の前で秀真は止まり、トランクの中にスーツケースを入れる。


「乗って」


 後部座席のドアを開けられ、花音は「こんばんは。お邪魔します」と挨拶をして乗り込んだ。


 秀真も隣に座り、車はすぐに発進した。


「慌ただしくてごめん。あそこは停車させてもいいんだけど、運転手が車を離れたら駄目だっていう決まりがあるんだ」


「なるほど」


「夕食は食べた?」


「いえ、バタバタ移動していたので……。一応、空港のコンビニでおにぎりを買って食べましたが」


「何か食べる?」


「いいえ。遅くなっちゃいましたし、明日の朝食を楽しみにします」


「分かった」


 そのあと、車は夜の道を走ってゆく。


「この高速は右手に東京湾があるんだ。そのうちレインボーブリッジや東京タワーが見えてくるよ」


「わぁ、本当ですか?」


 移動しながら花音は窓の外を気にし、その間秀真と観光デートの予定を確認していた。





 やがて三十分ほど経って、車は元麻布にある秀真のマンションに着いた。


 花音は脳内で勝手に彼は高層マンションに住んでいると思っていたが、意外と低層マンションだった。


 だが中に入ると、コンシェルジュのいるレセプションがあり、内装はまるでホテルだ。


 秀真の話では、パブリックスペースにはジムやプールもあるそうだ。


 物凄い豪邸に気圧されたまま、花音は最上階にある秀真の家に入った。


「お邪魔します……」


「どうぞ入って。まず花音の部屋を整えたから、荷物を置こうか」


 入ってまずびっくりしたのは、何十畳あるか分からない広々としたリビングダイニングだ。


 柔らかなアイボリーを基調としていて、ソファに引き締め色として置かれたブラウンのクッションがお洒落だ。


 カウチのあるソファセットはゆったり寛げそうで、正方形のテーブルの上は綺麗に片付いている。


「あれって暖炉ですか?」


 お洒落な事に、リビングには暖炉とおぼしきものがあった。


「ああ。薪を使わない、バイオエタノール暖炉なんだ。暖かいよ」


 呆けながら室内を見回していたが、シャンデリアのような大きな照明はなく、あちこちにある間接照明で部屋を明るくする仕組みらしかった。


 アイランドキッチンにはお洒落なペンダントライトが幾つかある他、左右にスポットライトもある。


「凄い……。キッチンも立派ですね。お料理するんですか?」


「たまに時間のある時は、凝った物を作るのが好きだよ」


「いつもは外食ですか?」


「いや、料理人に作ってもらってる」


「料理人!」


 その響きに思わず言葉を反芻してしまった。


 花音の反応に、秀真は苦笑いする。


「いや、総合的に見ると安くつくんだ。外食にしてしまうと、費用がかさむし、お気に入りの店だって飽きてしまう時が来るかもしれない。外食なら美味しく食べたいし。新しい店に行くのもいいけど、探して行って……というのも、疲れていると億劫に感じる時もある」


「確かに」


 どれだけの高級レストランで、毎月出す物が変わるとしても、頻繁に行けば飽きてしまうかもしれない。


 東京は札幌より遙かに飲食店があり、少し歩けば色んな店があるだろう。


 グルメな人は食べ歩いて自分のお気に入り店を見つけるのが、楽しみかもしれない。


 けれど秀真のような人は、一日の労働のあとにさらに出掛けて……となると、腰が重たくなってしまうのだろう。


「外食は接待でも行っているし、どちらかというと自宅でのんびりできる方が嬉しいんだ。料理人とは別途雇っているお手伝いさんに、掃除と食材の買い物を頼んでいて、プロに料理を作ってもらう。俺の舌に合うよう味を調整してもらって、あとはお任せ」


「なるほど……」


「確かに人件費は掛かるけど、偏食して体調を崩す事を考えると、管理栄養士の資格も持った料理人に任せる方がいいと思ったんだ」


「長期的な目線で見ると、確かにそうかもしれません」


「という事で、作り置きしてもらっているおかずとかもあるから、もし小腹が空いてたら遠慮しないで」


「あっ、ありがとうございます」


 秀真が結局、自分の空腹具合を心配してくれていたのだと知り、ありがたくなる。


 そのあとこの連休中に泊まる部屋に案内してもらったが、ホテルの客室のような部屋だった。


 室内にあるのはベッドと書き物机、一人掛けのソファセットなどで、勿論クローゼットもある。カーテンやベッドカバーなどのリネン類は、シンプルながらも一目で質のいい物だと分かった。


「同じ屋根の下だけど、許可がなかったら襲ったりしないから、安心して」


 冗談めかして言われ、花音は「もうっ」と赤くなる。


「とはいえ、もう時間が遅いから、今日は風呂に入って寝る事を勧めるよ」


「はい、ありがとうございます」


 そのあと、洗面所に連れて行かれ、使っていいタオルやうがいのコップなどを教えられた。


 プロが作ったおかずは魅力的だが、遅い時間なので遠慮し、お風呂を使わせてもらったあと、大人しく寝る事にした。





 翌朝、花音はスマホのアラームで目を覚ます。


 ここが秀真の家だと思い出し、その割によく眠ってしまったと我ながら呆れてしまう。


 朝の身支度をしてリビングに向かうと、すでに秀真はソファに座っていて小さな音量でニュースを見つつ、タブレット端末に目を落としていた。


「おはようございます」


「ベッドは寝づらくなかった?」


「快眠でした! ベッドが本当に気持ち良くて、横になって目を閉じたあと、一分もせず寝てしまいました」


「それは良かった」


 花音の言葉に秀真は朗らかに笑い、朝一番から彼の笑顔が見られるなんて贅沢だと思った。


「さて、朝食は築地の海鮮丼だよな」


「はい、すぐに支度してきます」


 服装は動きやすいように、スキニーにTシャツを着て、靴はスニーカーだ。


 ササッと日焼け止めを塗ってメイクをしたあと、「お待たせしました!」とショルダーバッグを体に掛けてリビングに戻った。

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