第19話

「い、いえ。秀真さんが祖母を大切にしてくれる、優しい方なのは変わりません。私だって、……格好良くて素敵な人だなと思うのは、変わっていません」


 照れながら答えた花音の手を、秀真がそっと握ってきた。


 大きく温かな手に包まれ、花音は胸を高鳴らせる。


「じゃあ、付き合ってくれる? 遠距離になってしまうけど、連絡は欠かさずする。こうして週末になら、ちょくちょく会えると思うし」


「でも、飛行機代が大変じゃないですか?」


「それは気にしなくていいよ」


 花音の心配に秀真は明るく笑い、そのまま彼女の手の甲に唇を押しつけた。


(わ……っ)


 お姫様のように手の甲にキスをされるなど、生まれて初めてだ。


「初めて見た時、『あのピアノの音の主だ』って運命を感じた。それに可愛くて一目惚れもした。もっと君を知ると、洋子さんを大切にする優しい孫で、一緒にいると自然体でとても心地よかった」


「あ、ありがとうございます……」


 異性にこんなに褒められた事がないので、花音は恐縮しきりだ。


 ここまで熱烈に好意を表されたのも初めてで、花音はただただ照れるしかできない。


「俺と付き合ってくれる?」


 もう一度念を押すように尋ねられ、花音は小さく頷いた。


「秀真さんさえいいなら」


「勿論!」


 花音の承諾を聞き、秀真は破顔すると、ギュッと抱き締めてきた。


 衣服ごしに秀真の逞しい体を感じ、花音はどぎまぎする。


「これから宜しく、花音」


 少し体を離した秀真は愛しそうに花音を見つめ、顔を傾けてチュッとキスをしてきた。


「!」


 柔らかな唇を感じ、キスをされたと理解する前に彼の顔が離れる。


 送れて赤面した花音を見て、秀真は快活に笑い、嬉しそうにまた抱き締めてきた。



**



 その後、秀真とは良い関係を築けた。


 スマホのメッセージアプリで頻繁にやり取りをし、彼は東京の景色や食事などを写真で撮って送ってくれた。


 花音も写真の返事をしようとし、あまりフォトジェニックな場所は見つけられなかったので、できるだけ自分が目をつけたものを写真に撮る。


 青空を背景に木の葉が青々と茂っている様子や、ムクムクと沸き起こる入道雲。


 恥ずかしいけれど、お手製弁当なども送った。


 花音と秀真が付き合っている事は、自然とそれぞれの祖父母、両親にも広まっていった。


 遠距離恋愛なので特に口うるさい事は言われなかったが、「せっかくいい人に見初められたんだから、離さないようにね」と母には言われてしまった。


 そして意外にも、東京にいる者同士という事で秀真と空斗が時々会っているようだ。


(……余計な事を言っていなきゃいいけど……)


 秀真と空斗から『今一緒に焼き肉してます』というメッセージと写真が送られてきた時には、花音は頭を抱えたものだ。





 そして七月の最初の週末にも、秀真ははるばる札幌まで来てくれた。


「花音!」


 札幌駅の西改札口の目立つオブジェ前に立っていた花音は、声を掛けこちらにやって来る秀真を見て顔をほころばせた。


「秀真さん!」


 メッセージアプリや電話で何気ない話をし、「好きだよ」と言ってもらえているからか、ずっと会いたいという気持ちが高まっていた。


 だからなのか、今日の彼は一際格好良く見える。


 夏場なので白いTシャツとジーンズという姿だが、それもまた秀真の素材の良さを生かしていてとても格好いい。


 花音自身も、あれから身なりには気を付けるようになった。


 少しでも秀真の隣に立つのに相応しくなりたいと、思い切って普段なら行かないお洒落な美容室に予約を入れた。


 美容室と言うと大勢スタッフがいる印象があるが、たまたま目を付けて予約したそこは、マンツーマンで施術しているプライベートサロンだった。


 相応にお高いのだが、気を遣う相手が一人で済むと思うとずっと気楽に過ごせた。


 もともと美容室には少しだけ苦手意識を持っていて、お洒落な髪型や髪色、ファッションをしている美容師たちに明るく話し掛けられると、気後れしてしまう。


 なので多少値が張っても、ゆっくり過ごせるのは逆に楽しみな時間となった。


 その美容室にはネイリストも出入りしていて、カラーやトリートメントなど時間が掛かる時に、ハンド、フットケアをしてくれる。


 爪を磨かれ、いい匂いのするオイルでマッサージをされると、お姫様のような心地になった。


 だからか、秀真は花音を見て「あれ?」とめざとく変化に気付いてくれる。


「何か、感じ変わった? 髪とかメイクとか……」


「えへへ、ありがとう。ちょっと……ね」


 夏場なので髪を下ろしていると暑いが、それでもトリートメントでツヤツヤになった髪を見てもらいたかった。


 メイクも最近は動画を見て研究しているので、以前のような「とりあえず眉を描いてリップを塗ればいい」という適当なナチュラルメイクからは脱する事ができたと思う。


 他は、ステージ上に上がる時の濃い目のメイクしか知らなかったので、日常の化粧には不慣れだったのだ。


「凄く可愛くなった。努力してくれてるんだな、ありがとう」


「やった!」


 こうやって何気ないところにも気付いてくれ、褒めてくれる秀真が好きだ。


 すぐ女性の変化に気付く人は「慣れているのかな?」と思ってしまうが、単に観察力があるだけとも言える。


 秀真に至っては女性と遊んでいないと彼の口から聞いているので、疑わず褒め言葉を素直に受け取ろうと思った。





 その後、秀真が泊まるホテルまで荷物を置きに行った。


 宮の森にある家まで行けば無料で泊まれるのだが、街中にあるホテルの方が交通の便がいいという主張だ。


 勿体ないとは思うが、秀真が「いい」と言うのなら口出しをしない。


 秀真からは東京土産の菓子をもらい、「似合いそうだから」とアクセサリーもプレゼントしてもらった。


 どうやら東京で用事があり向かった百貨店の催事で、ハンドメイドのアクセサリーがあったらしい。


 耳元で小さなピンクの花がシャラシャラと揺れているのは、鏡で見ても可愛い。


 一目で気に入った花音は、満面の笑みを浮かべて秀真に礼を言った。


「ありがとう! 秀真さん! お礼、考えておくね」


 駅前通りを手を繋いで歩きながら、花音は耳元で揺れるピアスを感じては微笑む。


「どう致しまして。花音が喜んでくれるなら、それでいいよ」


「そんな……。何かしないと悪いもの」


「じゃあ……」


 そこまで言って、秀真は花音の耳元でコソッと囁いた。


「キス一回」


「……もう」


 じわぁっと赤くなった花音に上目遣いに睨まれ、秀真は朗らかに笑った。

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