第12話 再び、祖母の運命を変えるために
自分がヘッドフォンを被って、音楽とは無縁の生活を送っていたのも忘れ、つい昔の感覚で話してしまった。
あれだけ「音楽には関わりたくない」と思っていたのに、祖母と和解したからなのか、秀真の魅力からなのか、こんなにもコロッと態度を変えてしまう自分が意外だった。
「いえ。笑顔を見せてもらえて良かったです。急に知らない見舞客が来ていたから、お孫さんである花音さんも心配だったでしょう」
「そんな事は……」
「……嫌な話題だったら申し訳ないのですが、花音さんって六年前のショパンコンクールに出ていましたよね? ライブ配信を見ていたんです」
「あ……」
ドキッと胸が鳴り、嫌な汗がにじみ出た。
「予選で素晴らしい演奏をされていて、洋子さんのお孫さんだとも聞いていて、期待していました。……お怪我をされたと聞きましたが、今はもういいんですか?」
そこまで洋子から聞いていたのか、と微妙な気持ちになった。
けれどあそこまで懇意にしているのなら、聞いていてもおかしくないとも思った。
「怪我はもう大丈夫です。六年間祖母や母、ピアノとも距離を置いていて、今は音楽とは無縁の生活を送っています」
それを聞き、秀真は微妙な表情になる。
「でも、音楽は好きですか?」
真摯に尋ねられ、花音は微妙に笑う。
「つい先日、祖母と和解したばかりなんです。体調を崩したと聞いて、意地を張るのをやめたというか……。本当を言うと、まだピアノの前に座ると心臓がバクバクして、クラシックを聴くとあの時の絶望感を思い出して具合が悪くなってしまうんです。……でもこれからは、少しずつ向き直っていけたらと思っています」
「そうですか。負担になる事を聞いてしまってすみません。ですが、少しずつ良くなっていったらいいですね」
「はい」
それ以上踏み込んでこない秀真に、花音は安堵し、やはり最初の印象通り優しくて思慮深い人だと感じた。
「うちの祖父母もですが、洋子さんもご高齢ですから。入院したと聞くと神経質になるお気持ちは分かります」
「……そうですね。人間、幾つであっても何が起こるかは分かりません。それでも高齢になると、様々なリスクが高まるのは確かです。ただ転んだだけの怪我でも、長く引きずる場合もあります」
祖母の話になり、花音は彼女の体調やこれからの流れに思いを馳せる。
突然の客に気持ちが華やいで一瞬忘れていたが、このままでは洋子は六月九日に亡くなってしまう。
何とか運命は変えられないものかと思うが、洋子の心臓は長い年月を掛けて少しずつ弱ってきた。
今さら数週間時を戻しただけで、劇的に変わるものではないだろう。
「実はさっき洋子さんをお見舞いして、入院してどうされていたのかを聞いていたんです」
「……と言いますと?」
花音は祖母が検査と療養のために入院し、途中で容態が悪化して亡くなってしまった、という事実しか知らない。
洋子が入院している間に何を考えていたのか、医師とどういう話をしていたのかという事も勿論分からない。
なので今それをしる事ができたら、何かしらの解決策が出るのでは、と期待する。
「洋子さんは今まで軽い検査で済んでいたそうなのですが、血液検査の結果、肝機能に関する数値が悪化していて、先生が心筋梗塞の疑いがあると仰ったらしいんです。このままでは狭心症を起こしかねないと言われて、カテーテル検査ののち、必要なら手術を提案されているのですが、洋子さんは恐怖心ゆえに拒否感を示されていたんです」
「…………!」
それでようやく、納得がいった。
元の世界の祖母は、その検査を拒んだ挙げ句、狭心症を起こして助からなかったのではないだろうか。
祖母が亡くなってしまう世界でも、母は「病院にいたのに、目を離した隙のあっという間の出来事だったみたい」と、悔やみきれない表情で言っていた。
「じゃあ……! 検査を受けさせないと!」
花音は弾かれたように言い、一瞬歯噛みしたあと、秀真に頭を下げた。
「すみません! 病院に戻って祖母を説得したいです! 戻ってもらってもいいでか? タクシー代は私が支払いますから!」
急に焦って声を出した花音を見て、秀真は少し驚いて瞠目する。
そのあと、すぐに気持ちを切り替えたようで秀真も運転手に声を掛けた。
「すみません、さっきの病院まで戻って頂けますか?」
「はい、分かりました」
タクシーの運転手は返事をし、途中から道を曲がって病院に戻る道を走ってゆく。
(これでお祖母ちゃんが死ぬ運命を変えられるかもしれない)
先ほどまで和気藹々と会話が続いていたが、花音はその空気を忘れて思い詰めた顔をし、膝の上にある自分の手を見つめている。
その横顔をそっと見た秀真は、スマホを取り出すと祖父母にメッセージで連絡をした。
病院前にタクシーが着いたあと、花音が用意していた財布から金を出す前に、秀真が「カードでお願いします」と言ってさっさと清算してしまった。
「すみません。私の我が儘だから、私が払わないといけないのに……」
「いえ、いいんです。それより洋子さんに話があるんでしょう?」
「はい」
言われて花音は院内に向かって歩き始め、洋子の病室に向かった。
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