第6話 タイムリープ、祖母が亡くなる前へ
「っ!」
ガクッと落下感を覚え、花音はハッとして目を開けた。
慌てて背筋を伸ばすと、目の前にモニターがある。
モニターでは文書ソフトが開かれていて、制作途中の挨拶状があった。
「……何……?」
目を丸くして周囲を見回せば、そこは会社だ。
「ちょっと、美樹さん大丈夫?」
隣の席の先輩が声を掛けてきて、トントンと背中をさすってくれる。
「え……、ぁ……、今……?」
先輩はいつもと変わりなく、花音は昼間の会社にいる。
視界に入るのはいつもと変わらない総務部の内装だ。
とっさに腕時計を確認すると、時刻は昼休憩が終わろうとしている十二時五十七分。
「寝不足? 今日は早めに帰ったほうがいいんじゃない?」
「え……、は、……はい……?」
訳の分かっていない状態で、花音はもう一度スマホで現在の日時を調べた。
(夜にお祖母ちゃんの家でピアノを弾いていたはずなのに……。なんで?)
カレンダーアプリを立ち上げると、日付は六月二日の水曜日に当日マークがついていた。
「えぇ……?」
困惑した声を出すと、先輩がまた声を掛けてくる。
「どうしたの? ホントに」
「今日……六月二日ですか?」
「うん、そうだね」
キョトンとした顔で頷いた彼女は、嘘を言っているように見えないし、からかっている素振りもない。
(何なの……? 先輩が嘘をついているようには思えないし、スマホのどのアプリを見ても、今日は六月二日……。時が戻ってる?)
こんな荒唐無稽な話、先輩にできない。
そのうち午後の仕事が始まり、途中で帰る訳にもいかないので、ひとまず仕事をする事にした。
過去に一度やった事のある内容だからか、仕事はスルスルと進む。
上司にチェックされた箇所も間違わず、その日のノルマを定時までに終え、「用事があるので」と帰る事にした。
中央区にある会社を出て、花音はまず祖母の家に電話を掛ける。
ピアノ教室のある時間帯だが、安野が出るはずだ。
『はい、もしもし。海江田でございます』
安野の声が聞こえ、花音は息をつく。
「もしもし、安野さん? 私、花音」
『あら、花音さん、どうしたんですか? 先生ならまだレッスン中です』
家政婦の安野が言う〝先生〟は、母の事だ。
「お祖母ちゃんってまだ入院中……ですよね?」
恐る恐る祖母の話題を出すと、安野は『ええ』と相槌を打つ。
『
その返事を聞き、祖母がまだ生きているのだと分かった花音は、止めていた息を吐いた。
(お見舞い、行かないと)
胸に強い想いがこみ上げる。
「病院って何時までお見舞いできましたっけ?」
『病院ごとに違うと思いますが、大先生が入院されている病院なら、二十時ぐらいまでは大丈夫だと思いますよ』
(なら、まだ間に合う)
「分かりました。少し話しに行ってきます」
『まぁ、そうですか? きっと大先生も喜ばれると思います』
安野は料理を作る他に、掃除や洗濯などもしているのだが、現在はもっぱら病院に通っては洋子の着替えなどを洗濯する生活を送っているそうだ。
その後、花音は安野に祖母が今後どうなるかを伝えるかどうか、非常に迷った。
だが手紙で洋子が「秘密」と言っていたのがよぎる。
おまけにタイムリープものの映画や物語で、主人公が時間を越えた事や、運命をねじ曲げた事を外部の者に漏らせば、ろくな結末にならないというのも沢山見てきた。
だから現時点では、安野には何も言わないでおく事にした。
「じゃあ、私これから病院に向かいます。それじゃあ」
『ええ。ごめんください』
安野との電話を切り、花音は祖母が入院している病院に向かう。
病院は札幌駅の一駅隣の、桑園駅のすぐ近くにある大きな総合病院だ。
地下鉄でまず札幌駅に向かおうとすると、人身事故で通夜に遅れたのを思い出し、ジワリと嫌な汗が浮かぶ。
(大丈夫。今はまだ、お祖母ちゃんの容態が急変する前だから)
自分に言い聞かせ、花音は地下に通じる建物まで歩いた。
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