海の王
海のギャングと呼ばれるシャチがる。
彼等には天敵と呼べる生物がいない。
如いてあげるなら人間くらいだろうか。
その例外を除けば、彼らに敵は居なかった。
だからだろう。
いつからか、この海の全てがシャチに喰われる世界になったのは。
「眠たいなあ……」
浜辺に座りながら、俺はそうぼやいた。
今日の海は静かだった。
風の音、潮の香り、海のさざ波音、そのすべてが静かに揺らめいていた。
海の境界線のその先に視線を向けて、本来なら誰も見るはずのないその向こう側すらも見て、俺はため息を溢す。
「またあいつら……」
大きな船が襲われていた。
海面がバシャバシャと水が跳ね、大きな何かが船に攻撃しているのが見える。
「人間には攻撃するなって言ったのに」
無人島。
此処に居るのは俺一人。
けれど寂しくはなかった。
視線の先では船が傾いて沈んでいく。人が船の先端に向かって走っていくのが見えた。けれど海面から飛び出た大きな何かに襲われて、そのまま海へと引きずり込まれていった。わめきたてる数人。拳銃やマシンガンを使用する姿が見えるが、弾切れを起こした瞬間に、二頭目のそれが身体全体を使って襲い掛かる。海へと投げ出される人々。
一人、また一人と海の中へと姿を消し、最後の一人が大きく叫びながら沈んでいった。
「ま、楽しそうならいっか」
ピュイイ~~と口笛を鳴らした。
すると背びれを海面に出してこちらへ猛然とやって来る二頭の影。
時速百キロを超える速度で、その影はみるみる俺との距離を詰めてきた。
そして。
「キュイイイ~~~ッ!」
二頭の巨大なシャチが姿を現し、水上で急ブレーキをかけて大波を俺に浴びせてきた。
「おうわっ!」
その波にのまれて一瞬呼吸が出来なくなる。
「ぷはあッ!」
大きく息を吸って、全身に酸素を送った。
「あほかお前らッ、俺を殺す気かっ!」
「(やったねえ~リン)」
「(やったわあ~レン)」
胸鰭でハイタッチする彼らを見て、俺はしてやられたと起き上がり、浅瀬へと入りながら笑った。
「やんちゃな奴らめ」
「(楽しかったねえ~リン)」
「(楽しかったわあ~レン)」
キュイキュイと話す声。俺にははっきりとそう聞えていた。
「口、赤くなってるぞ」
「(え、うそおっ!)
リンは口元を海に付けてブルンブルンと波を上げて洗った。レンはブクブクと泡立てて綺麗にしている。
「腹は満たされたか?」
「(うん、お腹いっぱいっ!)
「(私も私もっ!)」
上機嫌に笑う二頭。
口元を綺麗にして、見間違えるほどに可愛くなった。
「お前たちは本当に可愛いなあ」
と、頭を撫でてやる。
キュウウ、と撫で声を出して、俺にされるがままになっていた。
「(なあなあ、まさとは人間食べないの?)」
「食べないなあ。興味ない」
「(一口だけ、一口だけでいいからあ~)」
レンとリンに催促された。
リンが口を開けると、そこには人間の肉の塊があった。どれが誰のものなのかも解らないほどにグチャグチャの状態で吐き出されていた。
「だから要らないよ。俺はそこにある木の実で十分だから」
「(ええ~、美味しいのに)」
ゴクンと呑み込むリン。
「リン、お腹の子の為にもしっかりと食べておけ」
「(気づいてるっ)」
「(すごいねえ、まさとってそんなことまで解るんだっ)
そしてリンはぐるんと回転してお腹を見せてくれた。
「(ほらここ、聞こえる?)」
「(あ、今動いた音がしたね)」
臍の下あたりを触ると、確かに赤ちゃんが動く感触がした。
「元気な赤ちゃんたちだな。お前らに似てやんちゃくれになりそうだ」
「(褒めたってなにも出ないよおっ)」
照れ隠しか、身体をグルンと回転して俺を尻尾で押し倒すリン。
かなり痛かった。
海から顔を出し、レンがそっと押し上げてくれる。
「ありがとう」
「(リン、やりすぎは駄目だよ? 人間は僕たちと違って柔らかいんだから)」
「(ごめんなさ~い)」
ケラケラ笑うリン。
これでも謝っている方だ。
初めの頃は、だから何? と全く解っていなかったのだから。
ふと思い出す。
感情の乏しかった俺。学校でも家でも小さい時から常に一人だった。
何の因果か、シャチたちによる海洋の支配がはじまる寸前、家族と船で世界一周旅行に行った。襲われたのは太平洋。赤道付近。
船に大きな穴を次々とあけられて、水が入り込んで沈んでいく船。俺はその時たまたま船の外にいた。慌てて上へ上へと移動し、一番上の階層で海を見た。
体長十五メートルとザトウクジラに匹敵するサイズ。
普通じゃない。けれど異常な光景が目の前にあった。
狩りと評して遊んでいた。
どちらがより大きく壊したほうが勝ちか。そんな無謀なことを。
生き残った人は他に知らない。家族は見なかった。船と一緒に沈んだのかもしれないし、この二頭に喰われたのかもしれない。
俺が彼らの声を聞くことができる、意志疎通ができるという、そんな興味本位に見逃された。面白いから生かしてみよう、そんな程度の認識でしかなったのだ、彼らは。
無人島。
四平方キロメートル。少し大きい島だ。
けれど俺は奥に行ったことはない。海岸付近で十分だからだ。こいつらとも離れるのも良くない。今はこうして仲良しになった分、結構な寂しがり屋だと解り、少し離れただけでキュイキュイ泣き叫ぶのである。しかもかなり大きな声で。
「元気に生まれてくるといいな」
「(は、初めての出産だし、ちょっと不安かなあ)」
「つきっきりで見てやるから心配するな。レンだっている」
「(大丈夫大丈夫♪)」
「お前はもうちょっと緊張感を持て。父親になるんだぞ」
「(あいた)」
その屈強な身体だと俺の肘打ちなんて響きもしないが、俺の反応を真似してそう言うようになったのだ。
「(その時はこの子たちに名前つけてよ)」
「そうだなあ。何て名前を付けよう」
「(カッコいい名前がいいなあ)」
「(可愛い名前がいいわね)」
そして言い争う二頭。仲の良いことで。
「勿論、カッコよくてかわいい名前を付けてやる。あっと驚くような名前をさ」
「(楽しみだねえ~っ)」
「(楽しみ~っ)」
キュイキュイ喜び合う二頭。
ころころと表情が変わるのがまた可愛かった。
「ちょっと沖に出ようか」
「(泳ごう泳ごうっ)」
「(楽しも楽しもっ)」
今日はレンの背中に乗って、俺は沖へと出る。
俺にとってはこいつらが家族だと、そう言い切れるほどに。
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